白浜の思いつき

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2007年08月28日

思いつきの提案

弁護士をやっていると、法律や制度の限界に気づくことがありますし、法律家の常識というものが世間の常識からずれているなと実感することもあります。しかし、弁護士は、与えられた法律の中で仕事をせねばなりませんから、歯がゆく思うことも多いのです。そこで、せっかくHPがあるわけですから、法制度などを変えて欲しいなと思いついたことを世間に向けて発信してゆこうと思った次第です。ただ、これはあくまでも思いつきであって、問題としている制度の沿革や制度趣旨などを専門的に検討したわけではありませんし、私の思いつきが、逆に弊害を生じるなど問題があるというところもあるかも知れません。おかしいなと思われたら、ご指摘いただければ幸いです。

2007年08月28日

刑事訴訟の当事者に副本提出を義務づけましょう

民事訴訟では、証拠を提出するに際しては、「副本」という相手方のためのコピーの提出が義務づけられています。ところが、刑事訴訟では、検察官提出予定証拠は、弁護人に副本が渡されません。弁護人は、費用をかけて、謄写をしなければなりません。私が司法修習をしていた頃は、検察官は、自分が提出した証拠のコピーすら残しておらず、裁判所から記録を借りていました(事実上検察官だけにできることで弁護人にはできないことです。)。少し難しい事件だと、謄写費用は馬鹿にできない額になります。このため、弁護人が経費を節約しようとすれば、検察庁まででかけてメモをとるだけに留めるということになったりします。ところが、弁護人側から提出する証拠は、たいてい検察官にコピーを渡すか、FAXするなりしています。そうしないと、検察官から同意を得られません。この結果、検察官は、謄写をする必要は事実上なくなっています。つまり、弁護側からは事実上副本を渡すが、検察官は渡さなくてもよいというのが、刑事訴訟の実務慣行です。国選弁護報酬も、記録の謄写費用はみてくれないというのが、これまでの取扱でしたから、弁護側としては、不公平感があります。刑事訴訟では、当事者が実質的には平等ではないとよく言われますが、この点を変えるだけでも不公平感が少しは解消されるのではないかと思います。

2007年08月29日

業務上横領や名誉毀損など国民相互間の紛争に関わる問題については私的起訴を認めたらどうでしょう

業務上横領とか、背任などの経済事件については、証拠上明らかな事件でも、警察が動いてくれず、検察庁も相手にしてくれない、告訴状も受けつけてくれないというのが、現在の捜査実務の現状です。警察がなかなか動いてくれないという問題は、桶川女子大生殺人事件で問題となりましたが、実は横領や背任などの経済事件の場合は、どんなに証拠を持参して説明しても捜査機関が動いてくれないという現実があるのです。捜査側に、民事事件の道具になるというような危惧があるのかも知れませんが、弁護士として情けなくなるぐらい動いてくれないというのが、日本の警察検察の実態なのです。名誉毀損や侮辱などの事件もしかりで、インターネットで侮辱されても、かなりの場合何の対応もなく事実上放置されるというのが現実です。もっとも、名誉毀損などが簡単に刑事事件となってしまいますと、国家権力を使った言論弾圧につながりかねず、自由な言論を規制することになる懸念もでてくるということもあります。しかし、刑事事件であるにも拘わらず放置されて何ら処理されないままというのは、法治国家で許されるべきことではありませんし、被害者に泣き寝入りを強いることになりかねず、司法制度に対する不信感も生じかねません。そこで、私は、このような国民相互の紛争に関わる問題については、検察官による起訴独占主義を改めて、私的訴追を認めたらどうかと思います。要は、被害者側が弁護士を雇い入れて、弁護士が検察官の役割を果たして刑事処分を目指すと言う処理にしたらいいと思うのです。民間の紛争処理としては合理的ですし、被害を被った人からしても、費用さえかければ相手を刑事処分にかけることができるという点で、何も動いてくれないという現状よりは、よっぽど納得できるのではないかと思います。但し、起訴が安易に行われるということが問題となるかも知れませんので、故意に虚偽起訴をしたら、弁護士が資格を失うような制度にすればいいのではないかと思います。起訴陪審のような制度は関係当事者が増えて社会的にみて効率が悪いので、私的起訴には必ず弁護士が関わるようにした上で故意の虚偽起訴をした弁護士を資格剥奪にするということにすれば、虚偽起訴は簡単に抑制できると思います。検察官や警察はいやがるかも知れませんが、検察庁が起訴独占主義を維持したいのなら、国民の要望に応えるだけの適正な人員を確保して、国民側からの告訴告発についてもきちんと捜査して起訴すべきものは起訴するようにしたらいいだけの話だと思います。というわけで、経済事犯や名誉毀損などの国民相互の紛争に関わる問題については、私的訴追を認めるような法律を作ったらどうかと思います。

2007年09月04日

危険家屋の利用禁止をもっと強化するべきではないでしょうか

姉歯事件などで、危険建物の存在がクローズアップされましたが、実は、これは、新築物件に限った話です。建築基準法は大地震の度に改正されていますから、古い建物は建築基準法が要求する耐震基準を満たしていないことが多いのです。単に耐震基準を満たしていないということだけならいいのですが、崩れかかっていたり、姉歯物件よりも危険な建物であったとしても、その利用禁止を求めることは極めて困難というのが、現状の法律の運用状況です。その最大の原因が最高裁の判例の存在です。朽廃という法律用語がありますが(借地借家法附則第4条、第5条)、この解釈として、最高裁は、昭和30年6月1日判決で、「木造建物が、その柱、桁、屋根の小屋組などの要部に多少の腐蝕個所がみられても、これらの部分の構造に基づく自らの力で屋根を支えて独立に地上に存立し、内部への出入に危険を感じさせることもないなど認定の状況にあるときは、右建物はいまだ一七条一項但書にいう朽廃の程度に達しないものと解すべきである。」としているので、屋根に穴が開いたぐらいでも朽廃とはならないことになってしまっているのです。この判例が、危険家屋の法律上の判定基準となっている関係で、隣地などからの請求にも、裁判所が消極的な態度をとる原因になっています。しかし、私は、この解釈は、第二次大戦後の住宅事情の劣悪な時代の名残ではないかと思います。現代では、雨漏りのする家に住んでいる人すらほとんどいないはずですし、ましてや屋根に穴が開いた建物に居住している人などあり得ません。危険家屋の存在は、倒壊などに伴って、その居住者以外にも、近隣や通行人の生死に関わる重大問題が引き起こすということを考えれば、この解釈は改められて当然だと思います。また、構造計算など、建物の強度計算に関する技術も進んでいるので、構造計算の結果によって、建物としての使用を禁止するということにしても、人によって判断が異なるというような事態はほとんど生じないので、不公平な結果になることを防ぐことはできます。ですから、法律を改正して、構造計算の数値によって一定水準以下の建物の使用は禁止してしまうことにするわけです。これは、ある意味で、DNA鑑定などの技術が発達していなかった時代に制定された民法で女性の待婚期間が設定されていたりして前の夫の子どもとしてしか戸籍に掲載できないようになっていることと似た問題とも言えるように思います。時代が変化した以上法律は変えるべきであって、裁判所が建物が使用できるかどうかを判断しにくいのであれば、構造計算による耐震基準数値をベースにした朽廃に関する基準を法律で決めてしまえばいいだけの話だと思うのです。借家人や借地人の保護に欠けるという非難を受けるかも知れませんが、人の命や怪我に関わることと借地権や借家権などという財産権のどちらに重きを置くかという問題であると考えれば、上記の非難は的外れのように思います。また、隣地の居住者など建物の強度に重大な利害関係を有する人からは、危険家屋の所有者に対して取壊を求める権利を認めるべきだと思います。ご近所づきあいの関係でクレームが言いにくい人もいるということを考えると、市町村などの地方自治体に取壊を命じることができるという制度ももっと実効性のあるシステムに変更するべきだと思います。建築基準法第10条で、危険な建築物に対する措置ができるようにはなっているのですが、実際には、所有者が自治体に申し入れても、賃借人がいるというだけで発令しなかったりするなど、使用禁止命令などほとんど発令されることがないというのが現状だからです。私は、この条文が使用禁止命令の発令を自治体の権利としているのが間違いで(この条文は、命ずることができるとしているだけで、使用を禁止しなければならないとはしていません。)、命を本気で守ろうとするのなら、危険家屋の使用禁止命令は自治体の義務とするべきだと思っています。

2007年09月11日

名誉毀損への救済制度を変えちゃいましょう

インターネット時代になって、名誉毀損が深刻な問題となっています。2ちゃんねるなど、匿名の名誉毀損に対しては、訴訟をするのも大変で、訴訟で判決を得ても、賠償責任が果たされないなどの問題もでています。他方で、週刊誌などで、名誉を毀損される事例も増えていますが、損害賠償がせいぜい200万円程度しか認められないために、何度敗訴しても名誉毀損的な記事発表をやめない週刊誌があったりします。他方、国家権力によってマスコミに訂正を命じるということは、言論統制につながってしまうおそれが高いので、規制をするとしても慎重な対応をする必要もあります。そこで、提案ですが、週刊誌や新聞などのマスコミで名誉毀損が行われたときは、裁判所に訴えて勝訴したら、週刊誌などの販売額の5%(この割合はそれこそ思いつきで深い意味はありません。)を賠償させることができるというような制度にしたらどうかと思います。要は、名誉毀損をして利益を得たとしてもそれを剥奪することにするわけです。名誉毀損をしたら儲けることはできずにかえって損をするということになるので、効果的に名誉毀損行為を抑制することになるのではないかと思います。また、2ちゃんねるなどのネットによる名誉毀損については、実際に削除されるまで1日当たり10万円以上の賠償を支払うことを命じるなどの間接強制制度を強化したらどうでしょうか。そして、この賠償責任にはプロバイダにも連帯責任を負わせるわけです。この制度が実現したら、名誉毀損的なスレッドなどはすぐに削除されるようになるのではないかと思います。問題は、テレビとラジオですが、広告料収入に応じた賠償とする案を考えてみたのですが、NHKとの差別が生じてしまうことが難点です。但し、NHKについては、国が支援している放送局なわけですから、国による言論統制につながらないようにして、独立した行政委員会のようなところに不服申立をすることができるというような制度にしてもいいのかも知れません。

2007年11月14日

司法書士には簡易裁判所に提出する書類以外には裁判所に提出する書類の作成権限がないことにしましょう

司法書士には、簡易裁判所の訴訟代理権が付与されましたが、地方裁判所や高等裁判所の訴訟代理権が付与されたわけではありません。しかし、一部の司法書士は、地方裁判所に提出する書類について、送達場所を自らの事務所に指定したり、場合によっては、事件本人のFAX番号だとして司法書士事務所のFAX番号を記載するなどして、事実上地方裁判所事件の代理行為を行っています。地方裁判所事件で平気で和解交渉をしている司法書士もいます。これは、一見すると、法律専門家の援助を受けているようで、本人にとって利益となっているかのごとく誤解される方がいるかも知れませんが、地方裁判所では弁護士が代理することになっているにも関わらずその代理を受けさせないということ、司法書士は本人に代わって法廷で弁論できないことから、結局のところ本人が直接に弁護士との対応を迫られるという点で、本人にとって不利益を強いる行為です。また、司法書士が破産事件や個人再生事件の書類を作成して地方裁判所に提出する行為も目立っていますが、これらの書類に不備が多い事例が散見されたり、本来監督委員が必要ではない事件でも弁護士が監督委員に選任されるなどして、不要な費用支出を迫られる例も多くなっています。これは、いずれも訴訟代理権がない司法書士が地方裁判所に提出する書類を作成することを許容していることから来る弊害です。司法書士とすれば、自分の権限を超える問題の相談を受けた場合には、自分で処理せずに弁護士にふればいいだけのことです。弁護士は、双方代理が厳しく制限される上、紛争処理を主たる業務としていて、司法修習や実務経験を通じて紛争処理のトレーニングを積んでいますが、司法書士は、登記手続において双方代理が認められているため、双方代理に対して寛容であったり、紛争処理に際してトレーニングも積んでおらず、刑事手続について疎いなど、紛争処理の専門家としては、弁護士とは質的に大きく異なります。ですから、簡易裁判所で訴訟代理権が付与されたことが例外的なことなのです。この付与による弊害が目立ってきている以上、司法書士には、簡易裁判所に提出する書類以外には裁判所に提出する書類の作成権限がないことにして、地方裁判所で事実上の代理行為をすることを禁止するべきだと思います。また、民事訴訟法を改正して、地方裁判所事件の送達場所については、本人の住所や居所、勤務地ではない場所としては、弁護士事務所以外は許容しないようにするべきだと思います。これは、行政書士による同様の行為を防ぐ意味もあります。

2007年11月15日

消防士の安全確保のために危険建物地図を作成するべきでは

京都市では、老朽木造家屋の火災の際、家屋が崩れて消防士が亡くなる事故が発生しています。同じような事故は、北海道でも発生したばかりです。私は、これらの不幸な事故は、老朽家屋が明らかに危険な状態でも使用され続けていることが背景事情となっていると思います。老朽家屋の建替が進まないのは、以前にも指摘したように、屋根に穴が開くぐらいでないと「朽廃」と認めないとする時代遅れの最高裁判例とそれに拘束されてしまっている裁判所にも一定の原因があるように思いますが、危険な建物がその建物の住民や使用者だけでなく第三者にも危険を及ぼす存在であることが理解されないまま、危険家屋除去のための法律の整備が遅れていることに最大の原因があると思います。大阪や京都は、老朽木造家屋が多いために、大地震による被害は甚大なものとなるという予想もされているようです。ところが、京都市は、2007年に建築規制を大幅に強化した結果、現況と同じような建物が建たない地域が格段に広がっており、そのような中で建物の建替を進めるための政策が欠落している結果、建物の建替が進まずに老朽建物がますます増加することが強く懸念される危険な都市になりつつあります。少なくとも、消防士の安全確保のためには、危険な老朽建物を把握し、室内への消防士の突入の可否の判断基準とすることが必要だと思います。なお、このような考えだと、危険建物の利用者の命が守れないとか、差別するのかという非難を受けるかも知れませんが、そもそもそのような危険建物については使用を中止させるという制度が早急に作られるべきであって、利用を許容していることに問題があると思います。危険な建物の把握は、今の法制度の中でも可能なはずですから、市民の安全を守るために命を賭けて働いておられる消防士の安全の確保のためには、危険建物の把握作業が急務ではないかと思います。

2008年08月18日

弁護士の専門性表示

久しぶりのブログ更新です。法律改正に絞るつもりでいたのですが、あまりに限定しすぎで、更新がやりにくいので、方針を転換することにしました。

本日は、弁護士の専門性広告について、お話しします。

最近では、交通事故専門とか、債務整理専門などと宣伝している法律事務所がでてきています。この専門性表示については、日弁連の規制上問題があるということを、皆さん、ご存じでしょうか。

実は、専門性の広告については、明確に禁止している規則はありません。すなわち、弁護士の広告に関しては、下記のとおり、弁護士の業務広告に関する規程がありますが、ここでは、第3条で、誤導とか、誇大広告などが禁止されています。ちなみに、法令に反する広告も禁止されているので、屋外広告物条例例に違反することは許されません。なお、このため、京都の弁護士事務所の中には違法看板がでたままになっているところがありますが、横道から少しずれる話ですので、これぐらいにしておきます。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/jfba_info/rules/data/kaiki_no.44.pdf

この規則の解釈に関しては、第13条で会長が指針を定めることができるとなっていますから、これを受けた「弁護士及び弁護士法人並びに外国特別会員の業務広告に関する運用指針」なるものが定められており、これは、下記のとおり、平成18年3月に一部改正されています。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/jfba_info/rules/data/kaiki_gyoumukoukoku_unnyoushishin.pdf

この中に専門分野に関して既述されており、専門分野の表示は好ましくないとされています。第三の二の11です。

専門分野と得意分野の表示
① 専門分野は,弁護士情報として国民が強くその情報提供を望んでいる事項である。 しかし,現状では,何を基準として専門分野と認めるのかその判定は困難である。 弁護士として一般に専門分野といえるためには,特定の分野を中心的に取り扱い,経験が豊富でかつ処理能力が優れていることが必要と解される。ところが,専門性判断の客観性が何ら担保されないまま,その判断を個々の弁護士に委ねるとすれば,経験・能力を有しないまま専門家を自称するというような弊害もおこりうる。
従って,客観性が担保されないまま「専門家」,「専門分野」の表示を許すことは,誤導のおそれがあり,国民の利益を害しひいては弁護士等に対する国民の信頼を損なうおそれがあることから,現状ではその表示を控えるのが望ましい。専門家であることを意味するスペシャリスト,プロ,エキスパート等といった用語の使用も同様である。
なお,現実に「医療過誤」,「知的財産関係」等の特定の分野において,「専門家」というに値する弁護士及び外国法事務弁護士が存在することは事実である。しかし,弁護士間においても「専門家」の共通認識が存在しないため,日本弁護士連合会の「専門」の認定基準または認定制度を待って表示することが望まれる。
② 「得意分野」という表示は,その表現から判断して弁護士の主観的評価にすぎないことが明らかであり,国民もそのように受け取るものと考えられるので許される。しかし,主観的であれ得意でないものを得意と表示することは事実に反する表現と認められるおそれがある。従って,豊富な経験を有しない分野については,「積極的に取り込んでいる分野」や「関心のある分野」という表示の方が,正確かつ誠実である。
③ 取り扱い分野」,「取り扱い業務」という表示は,専門等の評価を伴わないので許される。

従って、弁護士事務所が特定の分野について専門であるかのように宣伝することには、問題があるわけです。取扱分野などとして表示するのが差し障りのない広告となります。専門性を表示している事務所は、おそらく上記の運用指針を検討していないわけですから、ルールに従うべき弁護士としては問題があるということになります。

但し、市民の側からすれば専門性の表示はいつも指摘されるニーズですから、何年も前から議論はされてはいるのですが、誰がどのような基準で専門性を認定するのかなど、この専門性の認定制度を作ることやルール設定が難しいので、上記のとおり、歯切れの悪い運用指針となっているわけです。

私は、専門性の広告は、一定の禁止事項だけを取り決めて、原則自由とし、禁止事項に違反した場合には懲戒等の問題となるというようなことにして、各事務所の宣伝努力を認める方向が望まれるのではないかと思います。日弁連が専門性認定をするということだとそれだけで多大な労力が必要となって日弁連の肥大化を促進するだけですし、弁護士が上から統制されるような組織になる危険性もあると思うからです。その上で、問題がある事務所に対しては、市民の側から問題を指摘できるようなシステムを構築することが必要なのではないかと思っています。

2008年08月27日

老朽家屋の放置はやはり危険

倒壊の可能性のある老朽家屋を放置することが危険であることについては、このブログでも何度か取り上げているテーマです。最近でも、下記の記事のとおり、渋谷で家屋が倒壊したようです。自然倒壊ということのようですが、このような事故が発生すると、通行人が巻き込まれる危険性がありますし、救助等にあたる消防隊員も極めて危険な作業に従事しなければなりません。現に、この倒壊家屋では消防隊員も立ち入れないところもあったようです。姉歯事件で、建物の安全性の問題がクローズアップされましたが、実は、姉歯物件よりも危険な建物が町中に沢山あるわけです。このような老朽建物の建替を推進する施策が構築されない限り、いつかは、人命に関わる事件が発生するのではないかと懸念されます。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00139346.html
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/080827/tky0808270330001-n1.htm

2008年08月29日

京都市の景観政策は、京都市内の建築業者に打撃を与えているというデータ

京都市の景観政策は、建築基準法改正に伴う国土交通省の失策によって建築申請が全国的に滞ってしまったことやサブプライムローン問題に伴う不動産投資の冷え込みに隠れて、その政策の影響が見えにくいのですが、日本銀行京都支店が発表している統計データによると、京都の新設住宅着工戸数が他の地域と比較して激減していることが明らかになっています。残念ながら、京都市内に限った統計データはないのですが、京都府内の新設住宅着工戸数は、下記のとおり、平成19年9月に新景観政策が実施される前の同年4~6月のそれがが全国平均を上回っていたものが、同年7~9月からは、最新の統計データである2008年4~6月まで全て全国平均を大きく下回っています。京都府に占める京都市の経済力を考えると、この数値は、京都市の政策が影響しているとしか考えられないと思います。また、日銀京都支店の統計データは、滋賀県のデータも示してくれているので参考になるのですが、この滋賀県のデータは、全国平均を上回っているときがかなりあります。滋賀県のうち人口が集中している地域が京都市に近接した地域であり、経済的には京都市に強く結びついていることを考えると、滋賀県のデータは、京都市内の住宅着工戸数に異常なデータがでていることを強く推定させるものと思われます。当然ながら、京都市は、建築確認を管理しているわけですから、京都市内の住宅着工戸数を正確に把握しているはずあので、住宅着工がどのような数字で推移しているのか、市民に開示する義務があるものと思います。

 ちなみに、このデータの出所である日銀京都支店のHPは、  http://www3.boj.or.jp/kyoto/data/data.htmです。

 実際、府宅地建物取引業協会の緊急アンケートでも860業者(京都市内729)が回答し、京都市内の業者の75%が新景観政策の影響が出ていると答えているそうです。
http://mainichi.jp/area/kyoto/archive/news/2008/08/02/
20080802ddlk26040636000c.html

 建築業者の倒産が増えているという話も聞きます。地元の業者が一番の被害者となっています。建築業者だけでなく、建築に伴う大幅なコスト増は市民生活に直接に打撃を与えています。
 不動産価格の落ち込みにも厳しいものがあるようです。この統計データはまだ登場してきませんが、これは、年に2回しかデータが公表されないことによるものです。しかし、下落のデータが出てくる頃に対策を講じても、遅いのです。デフレからの脱却に、市民や企業がどれだけの苦労をしてきたのかということを思うと、京都市の無責任な政策には怒りを覚えざるを得ません。
※ 知り合いの不動産鑑定士の話によると、京都市中心部の不動産価格の急上昇については、路線価等に反映されないまま、下落に転じてしまったことになるようです。

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