白浜の思いつき

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  2011年5月

2011年05月03日

長岡天神のつつじ

長岡事務所のそばの東西方向の通りは、アゼリア通りと言われています。アゼリアはつつじのことです。長岡天満宮の名物となっているつつじから、この名前がつけられたのだろうと思います。長岡事務所のあるビルの内部は、つつじの色に合わせた色を基本的な基調にされていますので、長岡事務所の内部も、このつつじに合わせた配色にしています。

今が見頃という時期を迎えていますので、長岡天満宮のつつじを撮ってきました。なお、写真には、あまり人が写っていないようにみえると思いますが、これは早朝に撮影したためです。GWは、参拝客の多さではピークを迎えますので、こんな写真は撮りにくいと思います。なお、お帰りの際には、露地売りの竹の子を購入されるといいと思います。

まずは、八条池側からみた参道
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続いて参道の入り口
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参道を南側から撮ってみました。白い鳥居と石橋とつつじの組み合わせは絶妙です。
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石橋と参道
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牛さんと新緑
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オマケ 参道からみた錦水亭
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2011年05月06日

乙訓寺の牡丹

再び地元ネタ。

長岡京市、向日市、大山崎町を乙訓地区と呼ぶことが多くあります。私にとっては、人権擁護委員をしていた頃の乙訓人権擁護委員協議会の皆様方との触れあいから、この地域が乙訓地区と言われるのだということが記憶に刻まれています。

この乙訓という地域の呼名の語源となっているのであろう古寺が乙訓寺です。桓武天皇がおられた頃から、もう既に乙訓寺は長岡京の地にあったということですから、平安京よりも古いお寺ということになります。

乙訓寺は、牡丹が有名です。牡丹を撮ってきましたので、ご笑覧ください。

乙訓寺の中は、こんな感じです。和傘が立っていますが、これは、牡丹のために立てられています。

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では、以下は、牡丹のオンパレードです。
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黄色い牡丹は珍しいようです。黄色の牡丹は、なぜか小ぶりです。
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近くの通りに、古くからあったであろう道標が残されていました。右は乙訓寺、左は柳谷と刻まれています。柳谷観音への道しるべということでしょうか。
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2011年05月10日

岐路を迎えつつある司法修習

4月から、司法修習委員会の委員長に就任しました。

身近に法曹関係者がおられない方だと、司法修習は、司法研修所でやっていると思われている人が多いのではないかと思いますが、司法研修所での研修は修習期間としては2か月程度のことで、ほとんどは実務修習の中で研修が行われています。この実務修習は、民事裁判、刑事裁判、検察、弁護の4つのクールに分かれています。つまり、裁判だけは刑事と民事に分かれていて、実務修習の半分を占めていますから、司法修習は、裁判中心の研修ということになっているわけです。逆に考えると、これまでの弁護修習の位置づけは、多少軽かったということになります。ところが、ロースクール設置後の司法修習では、司法研修所での修習が2つの班に分かれて交代制となったことに伴って、司法研修所での修習を受けていない班の修習生は、選択型修習というものを受けることになりました。そして、その選択修習の中のホームグランド修習というものが弁護士事務所での修習になりました。このため、弁護修習の比重は若干大きくなっています。

最近の司法修習が抱えている最大の問題は、修習生の就職難です。修習生の就職難は、年々厳しさを増していますので、修習生の最大の関心は、果たして自分が就職できるかどうかになっていると言っても過言ではないと思います。このため、修習委員会としては、事実上、就職のサポートもしなければならない状況になっています。京都弁護士会も、ささやかながらいくつかの就職支援の取組をしています。

ただ、司法修習は、司法試験に合格した人を社会で通用できる法曹に育てるということのために実施されているわけですから、修習委員会の役割の中には、就職支援は本来含まれてはいないはずなのです。弁護士の仕事のノウハウや注意点などを実務の中で伝え、2か月という期間内で最低限の教育を施すというだけでも、本来大変な仕事ですが、それ以上に就職のことで時間をとられることで、我々が義務を果たしていることになるのかというジレンマがあるのです。

ところが、昨年と比較した今年の就職状況をみる限り、今年の年末には昨年よりも厳しい結果が待っていることが懸念されます。おそらくは修習を終えても法曹三者にはならない人がかなりの比率を占めることになる可能性が高くなっています。そういう中、これまでのような裁判中心の司法修習でいいのか、そのあり方が問い直される時代が来るかも知れません。大変な時代だということを日々実感しています。

なお、私は、法曹人口論について、様々な情報発信をしてきましたが、委員長をしている間は、その立場上、司法修習のことに関連したことでは、あまり自由に発言できなくなるだろうと思います。この記事も問題になれば削除するかも知れませんので、ご理解下さい。

2011年05月18日

新時代の弁護士にぜひ考えてほしいこと


今、弁護士になったばかりの人がやるべきことは、実務的な知識と経験を積み重ねながら技術を磨くことであるということは間違いありません。しかし、私は、今年は、法曹養成をめぐる問題について、社会に働きかけるための活動にも、ぜひ参加してほしいと思います。

今の日本では、通常実施されて当然の市場調査もなきままに机の上の空論に基づいた弁護士だけの激増が行われて、OJTすら満足に受けることができない状況に置かれている弁護士が沢山出現する状況が作り出されてしまいました。このような法曹養成制度の制度的欠陥によって、不利益を被るのは、弁護士だけではありません。利用者たる国民が最大の被害者ということになりかねないと思います。このような環境は、依頼者たるユーザーの利益を擁護する立場にある弁護士自らが変えてゆかねばなりません。

この点、昨年の日弁連会長選挙では、次代を担う若手弁護士や地方で地道な弁護士業務を担っている人たちの支持で宇都宮会長が選出されました。宇都宮会長は、法曹人口政策会議を立ち上げ、弁護士の激増に伴う司法制度の危機を憂いている人たちも、法曹人口に関する日弁連の政策を大きく方向転換させることのできる立場に組み込んでくれました。その結果、人口増加のペースダウンからさらに踏み込んだ中間とりまとめも採択できました。このように、弁護士の激増問題は、日弁連の中では大きく方向転換できる環境が整いつつあります。

日弁連の法曹人口政策会議では、中間とりまとめから更に踏み込んで、今年は議論の年ではなく運動の年であると位置づけました。つまり、全国各地でこの激増政策の問題点を市民の皆様に理解していただいて、法曹養成に関する国の政策の転換を促す運動を始めようと考えているのです。この運動を担うのは、私のような少数合格の時代に育った弁護士ではなく、大量増員時代に弁護士になった人たちであるべきだと私は思います。将来を担うのは、今、弁護士になった人たちであって、我々は、その運動に過去の経験などを伝えるなどしてヒントを与えることぐらいしかできないと思うのです。残念ながら、我々は間違った政策を阻止できなかった世代の弁護士だからです。口先だけの評論家も不要です。今は、どうすれば、弁護士だけの激増の問題点をユーザーである市民の皆様に理解してもらえるのかということを考えて、具体的な行動に移るときです。各単位会でできることに取り組んでほしいと思います。もう決まったことだからなどとあきらめないでほしいと思います。55期以降の人たちの方が今や多数派なのですから、自分たちが働きやすい環境を作って、今までの弁護士にできなかったような活動をするのだという気概で、自信をもって動いてほしいと思います。