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弁護士法人 白浜法律事務所

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2009/02/16

巨大銀行の消滅

東洋経済新報社から出版されている標記の本を読んで、今さらながら、弁護士や裁判所の役割について考えるよい機会となった。
 長銀の最後の頭取である鈴木恒男氏が書かれた本であるが、感情的ではなく、冷静に事実関係が整理されて論じられている。
 これは、私の持論であるが、元々、失われた10年を創出したのは、行政であり政治でもあり、政治や行政に圧力を加え続けた世論を誘導したマスコミであると私は考えている。日経平均のピークは1989年の年末であるが、総量規制という人為的な土地価格低下のための行政権力の発動が行われたのは、翌年の3月である。このように、既にバブルがはじけ始めていた頃に行われた総量規制が翌1991年12月まで続けられただけでなく、1992年には地価税まで導入されて、これが1998年まで廃止されなかった。いわば意図的に土地の価格を下げる政策が延々と続けられたわけであるが、この間に、土地を担保としていた金融機関の債権が不良債権化し、その回収作業が土地売却への圧力を強め、価格低下を後押しするという負のスパイラルが続いたわけであり、そのことによって、銀行という国民の資産を預かっている社会的システムが大きく棄損したわけである。
 バブルを創出したのは、土地への過度の投資集中を見過ごした行政や政治に最大の責任があるのであって、大多数の国民は、まじめに働いて住宅ローンを支払って個人的な資産を増やそうとしただけのことであって、社会的に非難されるようなことなどしていないがほとんどだったわけである。これによって巨額の富を握りかけた人は一部の人に過ぎないが、そんな人ばかりがクローズアップされて、地価が高いとの大合唱の中、土地の価格を意図的に下げるような政策が続けられた結果、大多数の国民や国内企業の資産が毀損され、失われた10年などという馬鹿げた時代が作られたわけである。総量規制なるものは、国民の代表である国会が国民的な議論の中で策定した政策ですらないのであるが、この実施の時点で、大幅なルール変更が行われたわけであるから、その後始末をした銀行経営者に責任があるとは到底思えない。
 以上のような私の持論とは異なり、標記の本は、感情に流されることなく、また、他人に責任をなすりつけるわけでもなく、長銀の破綻に至る経緯が淡々と整理されて記述されている。それだけに、銀行経営者が、自分の銀行が恐慌の引き金にならないようにいかに苦心していたのか、融資先の倒産という事態を招かないという金融機関としての社会的責任を全うしようと努力していたのかがよくわかった。と同時に、行政や政治の無責任さが実感できた。
 何よりも恐ろしいのは、罪もない人々に責任をとらせようとする日本社会全体の動きである。冷静に考えれば、銀行の破綻は社会全体の流れの中で生じたことであって、経営の失敗に由来するものではないことは至極当然のことなのであるが、誰かが社会の生け贄にならねばならないかのように、バッシングが行われ、刑事、民事での責任追及までも行われたわけである。マスコミなどからの圧力も相当なものがあったはずであり、当事者としては、本当に恐ろしかったであろうし、くやしかっただろうと思う。このような群集心理的な圧力を背景とする裁判では、安易な判断が行われることが多いように思うが、そのような中、適切な弁護活動を行われた須藤弁護士ら弁護団の活動は、賞賛に値するもので、弁護士の鑑と言っても過言ではないように思う。
 何よりも感心するのは、社会的なバッシングを受けた当事者である鈴木氏が、恨み辛みを述べるのではなく、感情的にもならずに、冷静に事実関係を整理され、いわば日本社会への警鐘として、この本を出版されたことである。失われた10年への反省やリーマンショックへの対応策として、今の日本社会が考えねばならないことが示唆されているので、金融機関関係者だけでなく、弁護士などの司法関係者もぜひご一読されるべきものと考える。