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弁護士法人 白浜法律事務所

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2009/11/08

うなぎの寝床と税金は関係ないのか

前回、うなぎの寝床が発生してきたのは、南北朝時代からの「屋地子」に由来するのではないかと書いたのですが、Wikipediaでは、江戸時代の町費が間口に応じて決められたためであるとするのは俗説で間違いであると断定されているようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E7%94%BA%E5%AE%B6
しかし、このWikipediaの記述は、その根拠が明示されていないように思います。「通りに多くの家屋を建ち並ばせるためには、必然的に間口が狭く、奥行きが深くなる。」からであるとは言われていますが、なぜ、通りに多くの家屋が建ち並ぶようになったのかという理由が示されていないので、うなぎの寝床の形成の理由にはなっていないように思うのです。この記述の後に、「京都に現存する町家は、1864年の蛤御門の変ののちに発生した大火(どんど焼)以降に建てられたものがほとんどである。」との記述が続いていることからすると、この記述者は、現在、残存している町家が、江戸時代に建ったものではないということを言いたいのかも知れないなと思ったりもします。現在の町家がどんど焼の後に建ったものであるということは、私もそのとおりだと思っておりますが、うなぎの寝床の問題は、土地の区割の問題なので、うなぎの寝床となるような土地区割の形成は、江戸時代にはできていたということでないとおかしいように思います。うなぎの寝床のような短冊形の土地区割が形成されていたがために、どんど焼の後にも、同じような細長い建物しか建築できなかったということだと思うのです。ただ、私も、江戸時代の税金がどうなっていたのかはわからないのですが、税金が影響していないということを断定することはできないように思っています。
なお、上記のどんど焼のことは、あまり知られていないようですが、明治維新という130年ほど前に、このような大火が発生していることは、町家が建ち並ぶという町並が類焼の危険性が高い危険なものであることを示している歴史的な出来事のように思います。