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2010/04/12

うなぎの寝床に関する考察2

私のブログは、長くて、くどいし、みにくいという批評があるようです。ただ、コアな読者はおられるようで、その方から、うなぎの寝床に関する資料をいただきました。
 その資料によりますと、1571年頃には、京都に「地口銭」なる税金があったということが書かれている古文書(稲荷地口銭関係文書)があるそうです。この「地口税」は鎌倉時代頃にはあったということなので、室町時代より前から「うなぎの寝床」が形成されていたのではないかということでした。私も、税金原因説に立っているのですが、税金だけでうなぎの寝床が形成されたのではなく、商売をするには人通りの多い道路に接したところをどれだけ確保できるかということが問題となるため、商売に関係のない住居の機能などが奥にある細長い建物群が形成されたということもあるのだろうと思っています。
 「うなぎの寝床」が課税に関係して発生したのではないと主張されている方は、どうも京町家の保存運動に関わっている方のようですし、他の都市にもあるということを強調されていることからすると、「うなぎの寝床」を隣接地と隙間がないほどに密集した建物の連なりのように理解されているように思います。しかし、「うなぎの寝床」は、短冊形の細長い土地上に建物が建っている状態を示すものですから、その形成は、家屋の形状よりも、宅地がどのようにして短冊状になっていったのかという観点から理解される必要があるように思います。この観点から言うと、税金主因説が正しいように、私には思えます。
 いずれにしても、うなぎの寝床は、建物の建築技術上、広い床の建物を建築することが難しく、ほぼ平家建の木造建築物が主流だった時代に形成されたものだと思います。そのような時代には、人通りの多い道路に接した場所が商売の主戦場だったので、うなぎの寝床上の土地に隣地と接して建築された京町家は合理的な建物だったのではないかと思っています(あくまでも経済合理性というだけで、安全性の点では合理的だったと思っているわけではありませんが。)。
 ところが、建築技術が進歩し、高層建物が出現し、広い床の建物が建築できるようになると、百貨店やスーパーマーケットのような建築物の方が商売には適しているということになりました。昔の人通りを店の中に出現させることができる上、顧客は店の中をあちこちを歩き回ってショッピングができるわけですから、通に面していくつも店があるような商店街よりも大規模店舗の方が集客力としては圧倒的に有利なわけです。アーケードがあるような通に小さなテナントが連なった商店街が、大規模店舗との競争で厳しい状況に置かれることになったのは、全国的な傾向になっていると思いますが、私の理解では、その原因は建築技術の進歩による大規模集合テナント用の建物の出現が主な原因ということになるように思います。そして、この傾向は、車社会の到来とともに、都市部だけでなく農村部でも顕著な現象となりつつあるようです。鹿児島でも大型ショッピングセンターが盛況ということを聞いたことがあります。私の田舎も、商店街はすたれてしまい、車で来店する大型店舗がショッピング先になっているようです。
 このように考えると、京都のような厳しい建築規制を続けてゆくと、短冊形のビルが林立している商店街が寂れてしまって、大規模テナントを中心とした広いテナントが誘致できる地域に商圏の中心が移動することもあるかも知れないなと思います。そうならないように、将来を見越したメリハリの効いた都市計画の再構築が求められているように思います。