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弁護士法人 白浜法律事務所

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白浜の思いつき
白浜の思いつき

2007/01/01

2007 新春号 vol.2 白浜法律事務所報

新年を迎えるにあたり、事務所報第2号をお届けします。スタッフの増員、充実は当事務所の課題の一つでしたが、先日ご報告しましたとおり、昨年10月から当事務所に山口智弁護士を迎え、弁護士4人体制で日々業務を行っております。事務局スタッフも6名となり、総勢10名で各案件への対応にあたる毎日です。本年夏には5人目の弁護士を迎え、当事務所のさらなる発展への第1歩の年にしたいと考えております。本年もどうぞよろしくお願いします。

 

弁護士生活20年の節目にあたって

弁護士 白浜徹朗

なぜかしら、まだまだ若造と言われることの多い私ですが、今年で弁護士になって20年ということとなりました。弁護士になるためには司法試験に合格した上で、司法研修を受けねばなりませんが、私は、その司法研修所の第39期生です。今年、当事務所に入所した山口弁護士が第59期生ですから、20年前の自分をみているような気がします。この20年で、弁護士を取り巻く環境は大きく変わりましたが、特に、この数年の変化には激しいものがあります。まず、弁護士になる人数が4倍ほどに増えました。弁護士になるための事務所訪問は、シューカツと呼ばれるようになるなど、様変わりしているようです。次に、弁護士の法人も認められるようになり、大きな事務所も増えてきました。破産や再建の手続が大きく変わり、大型倒産やM&Aなど、弁護士の業務も大きく変化し、企業活動に近いものとなりつつあります。その一方で、司法書士さんにも簡易裁判所の代理権が与えられるなど、弁護士と実質的に競合する職種が増えました。この他にも、弁護士をめぐる変化には数え切れないほどのものがあります。20年前には、こんな変化は考えられませんでしたが、当事務所が、何とか今に至っているのは、ひとえに依頼者の方々のご厚情の賜と思います。また、これまで私を支えてくれたスタッフの努力にも感謝せねばなりません。当事務所は、今後も、時代の変化に対応した変革を続けたいと考えております。今回、この改革の一環として、事務所報第2号を作りました。ご笑覧いただければ幸いです。今後とも、よろしくご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

 

 

「貯蓄から投資」にご注意

弁護士 遠山大輔

「貯蓄から投資へ」という言葉がマスメディアで繰り返し取り上げられ、世の中に定着してきそうな状況です。資産運用のあり方として、投資をお考えの方もおられると思います。大量の労働者が定年退職する「2007年問題」も間近ですし、老後のためにと退職金の運用を検討しておられる方も少なくないのではないでしょうか。そこで、ちょっと気をつけていただきたいことがあります。一口に投資といっても、商品(サービス)には様々なものがあります。株式にも現物取引、信用取引がありますし、国債、社債、商品ファンド、商品先物取引、抵当証券、金取引、デリバティブと枚挙にいとまがありません。これらに加えて、巷には、最近流行の未公開株式や、元本保証で高利回りを謳うものなど、正体不明の商品が溢れています。横文字商品の委託販売を装って、実体としてはネズミ講、マルチという場合も少なくありません。商品を選ぶ時点で、すでにだまされている場合もあるのです。私は、全国先物取引被害研究会に参加していることもあり、様々な金融商品の被害実態に触れる機会がありますが、まずは商品自体を疑うことが大切です。商品自体は違法なものではないとしても、リスク判断についての危険もあります。取引を勧誘する営業マンは、商品を勧めると同時に、リスクについてもある程度は説明してくれるでしょう(なかには全くリスクを説明しない場合もあるかもしれませんが。)。ですが、簡単にはリスクについて分かった気にならないでください。真っ暗な井戸をのぞき込んで、井戸の深さが分かるでしょうか。その営業マンは、井戸の奥の方を照らして説明してくれるでしょうか。一般的にそのようなことは期待できません。あとになって、「こんな話は聞いていない。」と思っても、取り返しがつかないかもしれないのです。汗と涙の結晶である退職金を失うことになりかねません。訴訟でお金が返ってくればまだ幸いですが、それでも時間とコストはかかります。もしお悩みがあれば、お気軽にご相談下さい。転ばぬ先の杖になれると思います。

 

 

タクシー

弁護士 豊福誠二

机の前にずらっと並んでいる事件ファイルを眺めてみると、どれをとっても深刻な紛争ばかりで、他愛もない話というのは一つもありません。深刻だからこそ一所懸命考えようという気になるのですが、その反動からか、他愛のない話は大好きです。タクシーに乗る楽しみは、もちろん、運転手さんとの会話です。他愛もない話ですいません。いろんな方がおられましたが、今でも覚えているのはMタクシーのFさん。運転席の付近に、いわくありげなお守り札や、魔よけの記号(だと思う)のシールが、耳なし芳一のようにべたべたと貼ってありました。変わっているので、「これはなんですか」と聞いたところ、待っていたとばかり霊界の話が始まりました。「私は霊感がすごく強いんです。私、五条のトンネルを通るときには、いっつもふーっと右にハンドル取られるんです。あそこ通るときには、かならずハンドル強くにぎって、呪文いうて…」話が止まらなくなりました。家の前に着いても話は終わらず、結局40分ほど霊界と死者の話を聞かせてもらいました。もちろんメーターは倒して。「ぜんぜんかまへんのです」とおっしゃってましたが、あの方、ちゃんと儲かっておられるんだろうか、今でも心配です。ある中型タクシーに乗ったとき、中型の運転手は、車両が黒いため、結婚式や葬式にも呼ばれる場合があり、粗相をしないように、特別の訓練をせねばいかんのだというお話をうかがいました。地域によっては、結婚式に向かうタクシーが通ってはいけない橋、お葬式のときに通ってはいけない道や言ってはいけない言葉などがあるそうです。狭い道で離合するときも、結婚式のタクシーは絶対にバックしてはだめで、お金を渡して対向車にバックしてもらうのだとか。これは勉強になりました。事務所でこの話を白浜先生にしたところ、「結婚式に『一条戻り橋』なんかもってのほかやろな」。なるほど、そのとおり。笑福亭笑瓶の無名時代を知っているという運転手さんの車に乗り合わせたおかげで、彼の無名時代のエピソードを知ることができましたが、人に話してもあんまりうらやましがられませんでした。ちょっと残念。

 

 

1ヶ月目にして思うこと

弁護士 山口智

弁護士になって約1ヶ月が経ちます。弁護士になって感動することは、書面など、自分の名前において作成出来るという点です。修習生時代も、訴状等の作成をしていましたが、それはあくまでも指導担当の先生の名前で作成されるものであって、自分は補助でしかありませんでした。自分の名前で書面等を作成するということは、一方において、自分が全ての責任を負わなければならないということでして、そのことは常に念頭に置いておきたいです。この1ヶ月間で、感じることは、依頼者の方に納得していただくということは難しいという点です。先日、米国の訴訟におけるディスカバリー手続きに関わる機会がありました。守秘義務があるため、訴訟の内容については書くことができませんが、ディスカバリー手続きとは、簡単に言えば、証拠開示制度のことです。米国の訴訟では、原則として、手持ちの証拠は全て相手に開示しなければなりません。開示対象は、正式な文書のファイルだけに限定されず、訴訟と関連性のあるEメールや会議の非公式なメモなどにまで及ぶことになります。日本でもこのディスカバリー手続きのような制度の採用が議論されることがありますが、仮に、日本でこの制度が採用された場合、この制度によれば事実が明らかになるので、依頼者の方に納得して頂くことが多少は容易になるような気がします。とはいえ、人というのは複雑で、事実をそのまま伝えても納得されない方もいます。そのような依頼者の方に対して事実を正確に伝え、かつ、それを納得して頂けることこそ弁護士の力量だと思います。事実を単に明らかにし、伝えるだけでは弁護士の役割を完全に果たしたことにはならないでしょう。先日、受任していた刑事事件の依頼者の方に対して、事件の内容についてどのように事実を話せばよいのか分からず、困惑してしまったことがあります。客観的事実をそのまま伝えても納得していただけないと思ったからです。こちら側に不利な事実であってもその事実を依頼者の方に納得していただける弁護士が依頼者の方から信頼される弁護士だと思います。修習中には色々な弁護士の先生と接してきましたが、仮に不利な事実であっても、依頼者の方に対し不利であることを伝え、納得していただく弁護士の先生は信頼感がありました。事実を依頼者の方に納得いくように伝え、信頼される弁護士になりたいと思います。

2006/01/01

2006 春号 vol.1 白浜法律事務所報

巻頭言
今回、初めて事務所報を作成することと致しました。
我々弁護士は、お客様に信頼され、何でも話してもらえる関係を作っていく必要があります。ところが、どうも難しい話が先行したり、場合によっては厳しいお話をしたりしている関係で、我々弁護士は、敷居が高いなどと言われることがよくあります。このため、我々、日頃、どんなことを考えて仕事をしているのかということがわかっていただければということで、この事務所報を作ってみました。

 

海の星学寮

弁護士 白浜徹朗

私は大学をこの寮で過ごした。 世間知らずで田舎者で、おまけに貧乏だった私にとって、海の星に巡り会ったことは、極めて幸運なことだった。
大学生の頃は、インベーダーゲームが大流行したが、毎月6万円ぐらいで生活していた当時の私には、1回50円もするゲームには手が出せず、情けなかったことを覚えている。そんな貧乏学生の私にとって、毎月2万5千円で朝晩の食事もついてくる住み家はありがたかった。古い建物で、夏は大きなナメクジがはい回っていたりする寮ではあったが、毎日が合宿状態で、誰かれとなく色々な話をして楽しかった。とてつもなく汚い便所の掃除とか、ほこりまみれの廊下の拭き掃除とかも、今から思えばよい思い出である。
私にとってみれば、この海の星がサークルのようなもので、学部だけでなく、大学を超えた友人もできたことは、私にとって貴重な財産となっている。海の星がなければ、今の私はなかったことだけは間違いない。
そんな海の星学寮も、創設されて55年目を迎える。
昭和61年には、鉄骨造の立派な建物に生まれ変わったが、元々は、丹後の伊根町にお住まいになっていた浜中亦七氏が、昭和26年に私財を投じて建設されたものである。浜中氏は、つい最近まで京都府漁業組合連合会の会長をされていた方であり、戦後の復興のために若者を育てるということで、海の星学寮を創設され、遠く丹後の地から、我々学生を援助していただいていたわけである。
その浜中氏が、今年1月7日に亡くなった。享年97歳とのことであった。ご子息によると、浜中氏は最後まで海の星学寮を宝物のように思われていたとのことであり、晩年は海の星学寮のお隣に住まわれていた。
そんな浜中氏に見守られて、海の星学寮は、現在まで400人以上の学生を世に送り出した。
昨年、伊根町に近い宮津の公設事務所に、私の事務所から藤居弁護士を送り出すことができたが、このことで、浜中氏や海の星学寮に少しご恩返しができたのであれば幸いである。また、私自身、後進を育てることに尽力せねばならないと思いを新たにした次第である。

 

 

裁判員裁判についての雑感

弁護士 遠山大輔

平成21年5月までに、一定の重大事件について一般市民が裁判官とともに刑事裁判の審理、評議に参加する裁判員裁判が導入されます。法務省、日弁連、最高裁などによる一般市民向けの広報活動が盛んに行われており(有名女優も起用されていますね。)、それとともに、各地で模擬「裁判員裁判」が行われています。
私は、弁護士会の裁判員制度実施本部のメンバーとして、既に3回の模擬裁判を経験しています。法曹三者の共催によるもの、京都弁護士会とKBS京都の協力によるもの、公立図書館の主催によるもの、と違いはありますが、感想として共通しているのは、やはり市民感覚というのは非常にあなどりがたい貴重なものだということです。市民6人それぞれの発想により、異なった着眼点からの分析がなされ、「絶望的状況」とも言われる刑事裁判に新風が吹き込まれることを期待せずにはいられません。
私は、上の3つのうち2つの模擬裁判において、恥ずかしながら左陪席(3人の裁判官の中では一番新米です。)の役でしたが、間近で議論する裁判員の姿勢は真剣そのものでした。もともと希望者を募ったことも影響しているかもしれませんが、一つ一つの争点について、それぞれの感覚、価値観に根ざした意見を述べ、裁判官(役)に対しても物怖じせずに反論する裁判員の姿に、裁判員裁判の成功を確信しました。ある評議において、「パチンコで午前中だけでいくら勝てるか。」という話題になったとき、私の意見がものの見事に一蹴されたことがあります。このときは、実際の裁判員裁判において裁判官が一般市民に議論で押し込まれる姿が頭に浮かびました。
とはいえ、せっかくの裁判員の意見が取り残されるようでは制度の成功は望めません。導入まで、そして導入後も、「得難い知恵の実」となるべき裁判員の意見が次々と出てくるような制度設計、ルール作りが進められなければなりません。私としても、いろんな場面で貢献していきたいと思っています。
裁判員裁判が導入されたら、一度でいいから裁判員になってみたいものです(弁護士はなれないことになっています。)。私の意見はまた一蹴されるでしょうか。

 

 

地上の星

弁護士 豊福誠二

大学の3回生の頃のことだと思う。ある日、電信柱のてっぺんで胸を張って精一杯鳴いているメジロを発見したことがあった。
バードウォッチングの経験のある方ならおわかりになると思うが、我々が鳥を観察する時は、空を見上げる角度になるからたいてい逆光であり、鳥の体はよく見ないとどれも真っ黒である。つまり、興味がないと、小型のなにがしかの鳥様のものがチュンとかチーとか言いながらそこら辺を勝手に飛んでいるだけなのである。さすがにカラスのクラスになると害鳥(と言われている)だから人の注意をひくが、スズメクラスの無害(ではないという意見もあろうが)な鳥に、人は注意を向けようとしない。しかし、ひとたび注意を向けると、なにも山間部にまで行かなくても、町の中に、メジロもシジュウカラもウグイスもイカルもヤマガラもいくらでもいるのである。ヒヨドリやムクドリなんて迷惑なくらいいる。私は、町中の探鳥が大好きになった。
中島みゆきの「地上の星」という歌は、身近なところに貴重なものがたくさんあるのに、我々は見落としがちであるということを歌った歌であろう。「町中の小鳥たち」はまさに「地上の星」である。
法曹の仕事はこの「地上の星」を見つける作業に似ているところがあると思う。裁判官は膨大な記録の中から重要な事実を見極め、検察官や弁護士は、当事者からの聞き取りや証拠の中から宝を探す。なにが宝であるかは当事者には意識できていないことも多いから、ねばり強く聞き取ることが大切だ。
重要な事実が目の前にあるのに、気付かないこともある。私が記録と格闘して悩んでいるとき、同じ記録を読んだことのある白浜先生に「これはこういうこととちゃうのん」とサラッと指摘を受けて、ああなるほど、これは使える!と感動したこともある。
地上の星を見つけるのは難しい。気付かないから地上の星なのだ。
修習中にはいろいろな弁護士の姿に接することができたが、クールにするどい指摘をしてのける、若いのに京都弁護士会で確固たる存在感を示しておられた白浜弁護士と、刑事弁護での堂々としたマウンドさばきに感心した遠山弁護士のおられる白浜法律事務所は、最も就職したい法律事務所であった。
自己分析は最も苦手とするところであるが、白浜弁護士によれば、私は理系出身だから、きっと法学部を出た人の気付かないことに気付いてくれるだろうと期待しての採用だったそうである。「地上の星」を2人の弁護士とともに発見し、依頼者の方に喜んでいただけるようにしたいと思う。

 

 

「そ」を聴きながら

宮津ひまわり基金法律事務所所長
弁護士 藤居 弘之

宮津ひまわり基金法律事務所に赴任して5ヶ月が経とうとしています。開所から2月20日現在までの新規相談件数103件、受任数59件という途中経過が、どの程度のものなのか実感はありませんが、まずは精一杯取り組んできた結果であり、悔いるところはありません。
事件の特徴はやはり、離婚、相続、債務整理が多く、これは全国の他のひまわり基金事務所同様です。ただ、他の司法過疎地に比べて特徴的なのは一般民事事件が多いことでしょうか。法人からの相談も多く、相談への回答のために新たな調査を要求されることも少なくありません。京都縦貫道路を宮津インターの手前まで来ると、不意に宮津の町が眼下に開けてきますが、少し注意してみるとその四方が海と山にきれいに縁取られているのが見て取れます。この町の経済活動もその地形同様他の地域からは相当程度独立しており、発生する紛争が多様なことも、その現れであると思われます。
ところで、当地に赴任して一番困るのは気楽に相談できる相手がないことです。身近に弁護士が必要なことは司法過疎地の住民のみならず、駆け出しの弁護士にとっても同様で、当地に来てまず実感したことは、メーリングリスト上の複数のやりとりから受ける教示よりも、ついたて越しの何気ない会話からの方がはるかに多くを学ぶことが出来るという事実でした。白浜事務所で過ごした日々と事務所の雰囲気を今更ながらにありがたく思い出すこともしばしばです。
「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」
昨年10月、宮津の駅に降り立ったときには、そんな感慨を抱いたものでした。それから5ヶ月、まさに「そ」にまみれて仕事をしてきました。他のいかなる地域の関西弁とも抑揚を異にする故郷の言葉で仕事をしていて感じるのは、故郷から離れた地で学んだ後、その地に戻って生活が出来ることの幸運です。人は、たとえ他人の役に立たずとも、成長した後は故郷に戻り、その地で暮らすだけでも価値があることではないでしょうか。まして私には、努力すれば他に対して何かを貢献することができる資格が与えられており、あとは、その資格にふさわしい実力をつけることだと思っています。稟性遅鈍な為、若くして目覚ましい成果を挙げることは難しく、多少の誤謬は覚悟の上ですが、「あきらめないこと」「くりかえすこと」を続けていけば、いつか「本物」になれるかも知れないと思っています。時として田舎では、田舎にしか存在し得ないような、例えて言うなら老松の巨木の様な人物に出会うことがあります。何十年か後、私も当地に固陋に根を下ろした老松になり得ていれば幸いです。