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弁護士法人 白浜法律事務所

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白浜の思いつき
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2012/06/24

インハウス説明会

先の土曜日に、京都弁護士会では、司法修習生からの採用を考えている企業にご参加いただいて、説明会を開催しました。私も参加させていただきました。
修習生の就職難は、年々、悪化の一途を辿っていますし、即独などOJTの機会を得られない弁護士や、ノキ弁など正規雇用ではない雇用形態が出現するなど、その就業環境の悪化も顕著です。そのような中、いわゆる過払バブルも崩壊しつつありますので、弁護士事務所の雇用需要は先細りとなる傾向がでてきているようですから、このまま、需要をはるかに超えた合格者が供給され続けるとすれば、来年以降も、修習生の雇用環境は更に悪化し続けるものと思われます。このため、司法試験に合格しても修習をせずに一般企業に就職される方も増えるでしょうし、修習を終えて弁護士資格を得た後に一般企業に就職される方も増えるものと思います。インハウス説明会は、このような修習生側の需要に対応した取り組みの一つです。
実際、修習生の関心も高かったようで、京都での開催にも関わらず、全国(ほぼ近畿圏ですが)から40名近くが参加されていましたが、企業としては、5社の参加でした。いずれも、京都弁護士会の呼びかけに応じていただいた企業です。社会一般としても、就職難と言われている中、5社ご参加いただけただけでもありがたいことだと私は思っています。しかも、土曜日という企業としては休日にあたる日の開催でしたが、夕方まで熱心にご対応いただきましたので、本当に頭の下がる思いでした。
ただ、修習生の側からすれば、弁護士事務所への就職を希望する傾向が未だに強いようですし、様々な企業にご参加いただいたということもありましたので、参加した修習生からすれば、就職を希望していない企業もあったのかも知れません。このためなのか、修習生の中には、遅刻が数名、上着未着用が数名、名刺忘れも数名という状況でした。少し残念に思いました。
もちろん、ほとんどの修習生は熱心にお話を聞いてメモしたり質問したりしていましたし、30分以上前に集まって弁護士会による事前の説明などにも耳を傾けたりしていた人も沢山いましたから、参加した修習生の中から、希望とおりの企業への就職が決まる人がでたらいいなと個人的には思っています。そして、来年もこの説明会を開催することができて、より多くの企業にご参加いただけるようになれば、就職のことで不安を感じる修習生が少しは減ることになるのではと期待するところがあります。
就職は「縁のもの」ですから、修習生には、こういう機会を積極的に利用して、いい就職先を確保してほしいと思います。
なお、この記述は、私の個人的な感想であって、京都弁護士会としての公式見解ではありませんので、誤解なきようお願い申し上げます。

2012/06/18

一部の法科大学院が撤退すればいいということではないでしょう

法科大学院の入学者は、私の懸念が外れて、3000人を上回っているようですが、その置かれている状況が年々厳しくなっていることは明らかです。
このことは、個々の法科大学院の経営上の問題ですまされることではありません。既に、法科大学院は、日本の法律家の養成の重要な一翼を担っていて、国からも経済的支援を得ているわけですし、沢山の卒業生も社会に送り出しているわけですから、その社会的責任は重大です。経営が成り立たないところが撤退すればそれでよいということではないように思います。
問題は、法科大学院の志望者の全体が急減しているということであって、このことは、優秀な人材が司法分野には供給されないという事態が生まれてきていることを意味しています。特に、法学部以外の分野からの志望者や社会人からの志望者の激減は、司法に必要不可欠な多角的視野を狭めることになりかねません。
個々の弁護士や法律事務所がいかに努力しても、相手方におかしな弁護士が就いて無用な争いをされて、解決まで長引いたり、余計な経費がかかったりすれば、信頼を損なうことになります。ましてや、裁判官がおかしな判断をしたりすれば、司法全体への信頼感が揺らぐことになります。このような事態が頻繁に発生するようになってしまえば、我々弁護士だけでなく、利用者たる国民が困ることになります。そこで問われている資質は、法律家としての能力であって、経営センスではありません。実際、弁護士の利用者は、自分のところの弁護士が経営的なセンスがいいかどうかを基準としているのではなく、単に相手方の弁護士よりも優秀かどうかということを判断基準にしているように思います。私自身、相手の先生の方が優秀ということはないですよねと聞かれたことが何回かあるからです。この点、司法の分野に優秀な人材を集めることができないということであれば、それは制度に欠陥があるということですから、早急に改めてもらう必要があるように思います。
他方で、弁護士事務所側も、裁判所側も、司法試験に合格してきた人達への厳しい選別をするようになってきています。私のところが、サマクラをするようにしたことも、その一つの現れです。そのことが、社会人経験者などの就職の道を狭めていることにつながっているのかも知れません。このように、採用する側にも供給過剰による影響が連鎖的に発生し、これがまた志願者減につながるということになります。ただ、この問題も、法曹養成制度の欠陥があるのではないかという視点から検討されるべきことであって、採用する側を非難したところで、問題の抜本的解決にはつながらないように思います。いい人を採用したいという採用する側の論理は抑制不可能なものだからです。
法曹養成制度の構造的欠陥の是正は急いでいただく必要があると思います。

2012/06/12

ロースクール生の東京志向

先日、京大の某教授にお目にかかる機会がありましたが、その際聞いた話によると、京大ロースクールの卒業生などは、東京や大阪の大手事務所(宣伝をしている事務所ではなく在籍者が多い事務所のことです)に関心が集中しているので、京都への関心はあまりなさそうだということでした。
過剰供給が続いて就職難が定着してしまったことで、受験生側の考え方にも影響がでてきているようです。
一見すると安定していて給与水準も高そうに思える大手事務所に関心が集中するのは、至極当然のことだとは思います。企業法務はスマートなイメージもありますし、大都会の大きなビルのきれいなオフィスで仕事をするのは、かっこいいと思うのも、わからないではありません。
しかし、通常の弁護士の仕事のうち、企業法務はほんの一握りのものであって、通常の業務は、遺産分割であったり、離婚紛争であったり、土地や建物の立退問題や家賃地代の値上げ問題など、市民生活に関わる仕事ばかりです。
このような市民生活に関わるもめ事は、社会が続く限りなくなることはありませんから、弁護士の仕事もなくなるようなものではありません。修習生の就職難という問題は、このような仕事に関わる人として、毎年どれだけの人を新しく供給することが必要かということに関するバランスが崩れているだけのことです。バランスが崩れた状態が続けば、司法修習の終了という資格=弁護士になる資格ということではなくなるということになりますが、弁護士という仕事がなくなることはありません。
この点、企業法務は、当該企業の業績に大きく影響を受けますから、安定して仕事があるということではありません。浮き沈みがある仕事なのです。当然ながら、必要とされる人材にも、需給の波が生じるということになります。
他方で、市民生活に関わる仕事は泥臭い仕事のように思えるかも知れませんが、人の人生に関わることもできて、個人的に感謝されることもあるやりがいのある仕事でもありますから、そんな仕事についても、実際に目で見て触れたら、印象が変わるかも知れません。
現在、司法修習期間が短縮され、弁護修習期間は2か月しか確保されていないために、弁護士の仕事の全てを経験することができないままに法律家になる人も増えているという問題もある中、修習開始前に自分の進路を決めてしまう人が増えているということは少し残念な気もします。
そんなわけで、私のところもサマクラを企画してみたのですが、まだ、応募がほとんどありません。条件を厳しくしているため、今の時点で応募がないのは至極当然のことではありますが、上記のとおりの大手指向の傾向も影響しているのだろうと思います。ただ、やる気のある人が応募してくれ始めていますので、そのようなやる気のある人にとっていい研修ができるようにがんばろうと思っています。

2012/06/11

なぜヤブ医者はあってもヤブ弁はないのでしょうか

医者の世界では、ヤブ医者という社会的評価がありますが、幸いながら、ヤブ弁という言葉はまだ聞いたことがありません。しかし、私は、ヤブ弁という言葉がないのは、弁護士に依頼する機会が少ない人が多いがために、複数の人が一致して、あの弁護士はよくないという評価をすることがないということから、用語として広まらないということに過ぎないのであって、弁護士の質の差は、かなり広がっているように思えてなりません。弁護士と接したことのない方からすれば、弁護士である限り、誰に頼んでも同じでないと困るということではないかと思いますが、現実は、そうではないと思うのです。
テレビで宣伝していたらいい事務所なのかということを聞かれることがありますが、実際には、債務整理や過払金に関する知識に差がある程度であって、広く宣伝している事務所が、一般事件の処理で優れているということではありません。弁護士の中では、あまり宣伝されていないところの方が評価が高いことが多いのです。
弁護士のことを知らないということについては、法科大学院生のような法律家の入り口に立った人でも同じことのように思います。法学部の教授ですら、弁護士の評価はできていないのだろうと思います。修習生ですら、自分の指導担当弁護士のことぐらいしか正確にはわからないのが実態でしょう。
今のところ、弁護士の評価は、弁護士や裁判官、検察官、あるいは裁判所書記官ぐらいしかできないというのが現状だと思います。このため、弁護士の中では、同業者から低い評価を受けないようにしようという意識はまだまだ高いように思います。そのためには、日々切磋琢磨せねばなりません。ただ、その努力が法律家以外の人にわかるかというと、あまりわからない、結局は、頼んだ弁護士がたまたまいい人でよかったという偶然に左右されることが多くなってしまうというのが現実ではないかと思います。
結局のところ、何度か弁護士と関わったことのある人に尋ねるか、弁護士に尋ねるかしか、弁護士の評価を知ることは難しいということになってしまっているように思います。
私の事務所では、複数の弁護士事務所に関わられた方からいい評価を受けること、個々のお客様に満足していただけるよう心がけています。他の弁護士と比較して厳しい評価を受けるような場合には、その理由は聞かせていただいて、反省材料にさせていただくようにもしています。偶然とはいえ、たまたま私の事務所に来ていただいた方に、いい弁護士にあたってよかったと言われることは、何よりもうれしいことです。
ただ、弁護士を選ぶにあたって当たり外れが問題となるよりは、均等に高い品質の弁護士が社会に供給されるような法曹養成制度を社会は望んでいるのではないでしょうか。法曹養成問題を考えるにあたっては、そのような視点も必要ではないかと思います。