2018 初春号 vol.14 白浜法律事務所報
平成30年の年頭にあたり
弁護士 白浜徹朗
2017年は、大変お世話になりました。2018年の初頭にあたりまして、事務所所長として、ご挨拶申し上げます。さて、2015年に京都弁護士会会長に就任した関係で、弁護士会関係の業務の残務処理のようなことがありましたが、2016年にはその区切りもできて、業務に集中しやすくなりました。他方で、そこそこの年齢になったこともあってか、京都府の行政委員の仕事などが増えて、行政手続に関して勉強する機会が増えました。また、2017年4月より、京都弁護士協同組合の理事長に就任したことで、弁護士の業務に関連した福利厚生関係の援助の業務に関わるようになっています。この協同組合なるものは、弁護士会とは別の組織ですが、弁護士のほとんどが加入しています。裁判所での事件記録の謄写など、弁護士会としては直接にはやりにくい業務に携わることで、弁護士の業務のお手伝いをしているような団体です。この組合では、特約店ということで、企業の方々とのつきあいがあります。弁護士業務の拡大に伴って、特約店となっていただくような業種の方も増えてきておりまして、今年は、私とのおつきあいで新たに特約店になっていただいた方もおられますので、感謝しております。ところで、2017年は、長年当事務所を支えてくれていた遠山弁護士が独立したこともあって、少し寂しくなりましたが、幸いなことに、裁判所書記官としての十分なキャリアのある津田弁護士に新たに加入してもらうことになりましたので、年末から少しにぎやかになってきております。
最近気になっていることは、弁護士事務所のホームページに問題のあるものが増えてきているということです。弁護士の広告は、かなり厳しく制限されていましたが、利用者の方々にわかりやすくなるよう、少し緩和されました。この緩和に伴って、テレビCMを流したり、電車の吊り広告をしたりする過払金を多く扱う事務所などがでてきたわけですが、過払金を多く扱っている事務所でないところでも、ホームページで実績を大きくみせかけたりする事務所がでてきているようです。弁護士も医師や病院と同じように専門表示があるとわかりやすいのですが、この専門家の認定をどこがどのような基準で行うかというような難しい問題があるため、弁護士の広告では専門家の表示は認めないことがルールになっています。ですから、専門家などと表示しているところは、弁護士としての広告のルールを守っていないことになるので、ご注意いただければと思います。私の感覚では、弁護士の中で実績のある事務所として評価が高いところほどホームページは質素なところが多いように思うぐらいですが、他方で、ホームページだけみるとすごい事務所と皆が思うだろうなという事務所も増えてきているので、弁護士事務所の選択を間違ったと思うような人も増えてきているのではないかなと心配なところがあります。とはいえ、わかりやすいホームページがあった方が依頼者の皆様には安心なところもあるかと思いまして、当事務所でも、ホームページを新しくすることに致しました。過大な広告にはなっていないものとは思いますが、ご笑覧いただければ幸いです。ご意見等いただけましたら、改善等務めて参りたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。
今後も、当事務所としてはさらなる業務拡大に努める所存です。今後もこれまで同様のご指導ご鞭撻をいただきますよう、
よろしくお願い申し上げます。
落語の芸談
弁護士 拝野厚志
1.今回は柔らかめの話題の年となりますので、好きな落語のお話で一題。
落語を聞くのも好きですが、芸談も好きであれこれと読んでおります。
私の好きな噺に「お直し」という廓噺があります。
話は、簡単に言えば、廓の花魁と店の若い衆がいい仲になってしまい、最終的には二人で女郎屋をし、苦労しながらも二人健気に生きていくというものです。
この噺に関し、志ん生師匠は「廓噺の中で一番、好きな出し物です。あゝいう社会の裏面をよく画いた噺で、店の者どうしで結ばれた一組の夫婦が互いに持ちつ持たれつで生きていく、そこにこの噺の魅力がある筈です。たしかに最低の生活でみじめな商売ではあります。然しそんな生活の中にも美しい夫婦愛という精神的に支えがある。この噺を演る時はそれが一番大切なところで、いつもその夫婦愛を強調する様につとめております。」(立川志らく著、「落語名人芸「ネタ」の裏側より」)と言っています。
スタンダードナンバーと同じように古典落語も色々と解釈し演じることができると思いますが、噺の本質を一言でぼんと示しているところはさすがと思います。
2.私たちの法曹の仕事も職人仕事の性格を大きく持っており、落語家が芸を極めようとするところと共通する部分があります。芸談に現れる、師匠たちの噺の演じ方の工夫や落語を極めようとする姿勢は、仕事のうえでも大いに参考になります。
先の志ん生師匠について言えば、飲む・打つ・買うといった破茶目茶な行動ばかりが目を引くためか、そのようなエピソードばかりがとり上げられています。
しかし、実際には真剣に稽古し、また、いつも落語のことを考えていたことが、その芸談からわかります。
贔屓ついでに、師匠の生真面目さを彷彿させる話を引用しますと、息子である志ん朝師匠が山藤章二氏との対談で「ところがね、山藤さん、意外に思われるかも知れませんが、昔の親父はかなり地味だったらしいんです。早めに上がって『中村仲蔵』をやったり、まっちかくな芸だったらしいんです。」と言っています。志ん生夫人・りん氏も、こんなに稽古している人が目が出ないわけないと思っていたと語っておられます。
3.落語を聞いてあれこれ難しいことや仕事のことを考えてしまうのは、それこそ野暮とういうものなのでしょうが、根が真面目なのか、テレビ番組を見ていても、コメンテーターや解説者の発言からいつの間にか案件の切り口を考えていたりと、ついつい仕事に引きつけて考えてしまいます。
私の師匠の白浜所長もいつも仕事のことが頭から離れずいつも仕事のことを考えているタイプですので、師匠から叩き込まれた芸の一つなのだろうと観念しております。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ついに民法が改正されました
弁護士 青野理俊
平成29年5月26日に、民法の一部を改正する法律が国会で成立しました。平成29年6月2日に公布され、遅くとも3年後には施行されることになります。
一部といっても、民法のうち債権に関わるところが広範囲に亘って改正されています。中でも消滅時効、法定利率、保証、債務不履行、定型約款、契約不適合などは、中小企業の皆様にも非常に関わりの深い分野であり、ご注意いただく必要があります。
例えば、債務不履行に基づく損害賠償責任に関して言えば、帰責事由の判断基準として「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断されるという定めが置かれました。
そのため、今後は契約書の文面などで契約の目的や契約に至った動機などを明らかにしておくことが重要になります。メールや交渉時の会議の議事録なども契約の目的や動機の裏付けとなり、判断に関わってくる可能性がありますのでこのような資料をきちんと残しておくことも大事になります。
他にも、債権保全上もっとも基本となる消滅時効に関し、これまで存在していた職業別の短期消滅時効が廃止され、原則として「権利行使できることを知った時から5年、権利行使できる時から10年」という定めに統一されることになりました。領収書など債権の存否に関わる資料は少なくとも5年は保管するのが望ましいということになります。
また、今回の民法改正では定型約款という全く新たな定めが置かれました。以前から保険約款や運送約款などいわゆる「約款」が契約実務において用いられていますが、これまで約款について法律上の定めがないまま解釈に委ねられていました。それが今回の民法改正により「定型約款」という定めが置かれ、どのような場合に定型約款が有効となり、どのような場合に内容の変更が認められるかが具体的に規定されました。中小企業の皆様には自社ホームページにてインターネットショップをされている方もいらっしゃるかと思いますが、今回の民法改正における定型約款の定めを参照し、「〇〇利用規約に同意する」とのボタンをしっかり設けておくべきかと思われます。また、利用規約中に内容を変更できる旨の条項を定め、変更できる場合の例を列挙し、利用規約の開示請求に対する対処方法や変更時の周知方法を定めておく必要があります。当職は、改正民法にも対応できるよう研鑽に努めておりますので、お気軽にご相談いただけると幸いです。
司法修習での思い出
弁護士 大杉光城
1.昨年も大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、昨年12月、津田一史弁護士が加入することになりました津田弁護士と私とは、年齢も弁護士になるまでの経歴も全く違いますが、「司法修習」が同期でした。また、その配属も同じ京都でして、私にとって津田弁護士は、まさに「同じ釜の飯を食った仲間」といった存在です。
月日早いもので、私も弁護士になってから5年目を迎えました。少し仕事にも慣れが生じてきた頃ですので、今回は、初心に戻り、修習時代を少し振り返ってみたいと思います。
2.司法試験の合格後、すぐに弁護士や裁判官、検察官になれるわけではありません。試験の合格者達は、一定期間(私のときは約1年)、全国各地に散らばり、「司法修習」という実務に就くための研修を受けることになります。司法修習生は、その配属地の裁判所、検察庁及び法律事務所にそれぞれ数ヶ月通うことになり、実務の第一線で活躍する法曹(裁判官、検察官及び弁護士のことを指します。)の指導を受けます。そのような指導を受けつつ、司法修習生達は、修習終了後の進路を定めるとともに、実務に就くための知識とノウハウを習得していくのです。
3.司法修習は、大変ではありますが、刑務所等の施設見学や司法解剖の立会いなど普通では経験出来ないことも多く経験できますし、先輩法曹の仕事を間近でみることができ、毎日が大変楽しく、刺激的な日々でした。特に、進路として選ばなかった裁判官や検察官から直接指導を受け、その考え方を教えていただいたのは、弁護士として執務する上で極めて貴重な経験であり、現在でも至るところでその経験が生きています。
また、そのような司法修習を切磋琢磨しながら一緒に過ごした修習同期は、同じ業界内でのライバルの中でも、困ったことがあれば気軽に相談でき、また、つらいときがあれば一緒に飲みに行ける、生涯の財産です。
4.司法修習中、津田弁護士は年長者でしたし、元々裁判所書記官として長く法曹界にいたこともあり、司法修習生の中でも、ひときわ目立つ存在でした。そんな津田弁護士ですが、京都修習での同じ班であったこともあり、その面倒見の良いお人柄から、私も一緒に卒業試験対策の勉強させていただいたり、よく飲みに連れて行っていただきました。司法修習終了後4年を経て、今回、本当に気心の知れた津田弁護士と一緒に執務することとなり、大変頼もしく感じるとともに、「津田弁護士に恥ずかしい姿は見せられない」と気の引き締まる思いでもあります。
今後も津田弁護士と切磋琢磨し、皆様に満足していただける仕事が出来るよう努力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
はじめまして。
弁護士 津田一史
昨年12月1日付けで大阪弁護士会から京都弁護士会に登録換えし,弁護士法人白浜 法律事務所の一員として迎えていただくこととなりました。
私は京都市伏見区の大手筋商店街近くの産婦人科で生まれた久御山町民です(おそらく久御山 町では唯一の弁護士でしょう)。生まれ育った京都府南部地域の発展に、微力ながらお力添えできれ ばと考えております。
立命館中学・高校を卒業後,早稲田大学に進学し,また同志社大学大学院にも在籍して司法試験の 勉強を続けたのですが、法曹になる夢叶わず、縁あって裁判所に奉職いたしました。裁判所では名古 屋勤務が中心で、裁判所書記官として民事、刑事、不動産競売はもとより、年間3000件以上、総計1万 件を超える破産申立書を拝見し、倒産実務に深く携わる機会も得るなど、18年以上もの長きにわたりお 世話になりました。
裁判所書記官としての勤務の傍ら勉強を続け、幸いにも司法試験に合格し、5年前、裁判所を退職
した10日後に、修習生として京都に戻りました。その際、京都弁護士会の司法修習委員長であった白 浜所長と出会い、年代の離れた若手修習生との付き合い方などの相談にも快くご対応いただきました
し、同じ修習生であった大杉光城弁護士とも切磋琢磨しながら、充実した修習生活を過ごしました。
修習終了後は、愛知県弁護士会に登録し、倒産事件や債権回収業務はもとより、主として損害保険 会社側で交通事故案件を数多く経験させていただきました。その後、地元に戻るにあたり大阪弁護士 会に登録換えし、中小企業支援センター協力弁護士に登録して、地元の宇城久地域(宇治・城陽・久 御山)の中小企業のみなさまの顧問弁護士をお引き受けするほか、「法人破産申立て実践マニュア ル」の執筆に関わるなど、企業再生や倒産の第一人者といえるような諸先輩方のご指導を受ける機会
も得て、京都、大阪、名古屋のみならず、企業再生に関わる全国の弁護士や裁判官に一定の情報発 信をすることができました。
このような経験を経て、そろそろ一つの所に根を下ろそうと、また地元である京都でのサービスをさら に拡充するべく、よりみなさまに近い場所において、新たな一歩を踏み出すことにいたしました。白浜所 長の下、弊事務所の一員としてさらなる研鑽を積むことが肝要とも考え、ご縁もあって今回の移籍に 至った次第です。
趣味はハワイ旅行でして、趣味を通じて国内外の不動産投資案件に関する紛争も経験いたしまし た。またドライブが気分転換であり、交通事故案件の際には現場を5回以上走行してみるなど、事故当 時の当事者の気持ちをトレースすることで紛争解決につなげたりもしています。
改めて弁護士としての初心に戻り、18年間の裁判所勤務時代の経験を踏まえ、弊事務所において
も引き続き、裁判所の内側に詳しい専門家として、より的確なリーガルサービスを提供できるよう努力す る所存です。
今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
株式会社の存在
事務長 田村彰吾
日本にはじめて株式会社が誕生したのは1873年(明治6年)で第一国立銀行(現在のみずほ銀行)だったそうです。その後、証券取引所が開設されるも、戦時中には、証券取引所での取引が中止されていた時期もあったと言うことですから、一般的な制度ではなかったと思います。
戦後、1949年(昭和24年)になって証券取引所が再開され、好景気も伴って、各企業が次々と株式会社化し、バブル期のピーク時には1年で15万社以上が誕生し、中小企業にも株式会社化が進みました。
最近の法改正で、グループ会社に対する規制緩和が進んだことで、グループ再編が容易になり税法上も様々なメリットが享受できるようになりました。
このような法環境の変化につき、立法者が何を意図しているのかを考えてみると、ひとつの方向性として、例えば、親から子へと事業を引き継ぐ事業承継を円滑にすることがあるのではないかと思います。
経済成長期に株式会社化した大多数の創業者一族は、自社株を大量に保有しておりますところ、近時の景気回復傾向により、会社保有の、あるいは創業者一族が保有する事業用不動産の価値は上昇しており、それに伴って、保有株式やこれら不動産の、親から子への承継が思うように進まなくなってきました。加えてバブル崩壊期まで法定されていた最低発起人制により、本来、家業に専念していない親族も株主となっていることが散見され、相続などによって、株式の売買に制限のある会社でありながら、株主のコントロールが利かなくなっている中小企業も多々見受けられます。
このような中小企業において、親から子への事業承継を行うには、大変な困難が予想されます。相続発生時に相続税が払えず、会社資産を売却したため事業が継続できない、などという悲劇もあり得ない話ではありません。しかし、立法者はこれを予測していたのではないでしょうか。
もちろんケースバイケースではありますが、近年改正された自由度の高い設計で複数の株式会社を設立し、代々の本業事業を守っていく会社に加えて、不動産を保有する会社、本業会社の株式を管理する会社などに分割し、グループ化(持株会社<ホールディングス>化)することによって、高くなりすぎた現在の本業事業会社の株式や、事業用不動産の価値を細分化して次世代へ承継させることも可能となります。実際に昨年、関与した事業承継では、見込相続税が数億円減少することもありそうです。もちろん今すぐに税務メリットが発生するものではありませんし、一時的な納税などの費用も掛かります。全ての会社における解決法ではありませんが、事業承継にお悩みになった際は、一度弊所にご相談ください。解決法を見つけることが出来るかも知れません。