白浜の思いつき

    白浜法律事務所

2016年05月17日

魅力ある法曹を取り戻すためには


日経新聞で、「魅力ある法曹を取り戻そう」との論説が掲載された。その中に、「修了者の7~8割が法曹資格を得るとの見込みは外れ、毎年の司法試験の合格率は2割台に低迷したままだ」との記述があった。これは、第1に、法科大学院修了者のかなりの者がほとんど合格できる制度が実現できなかったことが問題であるとの指摘を含んでおり、第2に、合格率が低かったことが問題であるとの指摘も含んでいると言える。しかし、法科大学院修了者のほとんどを合格させるような仕組みは最初から作られていなかったから、第1の指摘は見当外れのものとなっている。第2の合格率が低いことを問題とする指摘は論理必然的に現状の受験者数が多すぎるか合格者数が少なすぎるという指摘を含んだものとなるところ、少なくとも現状の合格者数は、司法修習生の就職難からして市場の需要に適合していないということと矛盾してしまっている。なお、この司法試験の合格率を問題とする考えは、法科大学院側で自らの努力を棚に上げて責任転嫁しようとする論理であるということについては、以前に分析させていただいたところであるが、この論説は、矛盾が目立つところがあるので、以下、具体的に反論を加えてみることにする。


まず、修了者の7~8割が法曹資格を得るということにするのであれば、法科大学院の卒業者が司法試験合格者の1.3倍ほどしかないという制度設計にならなければ成り立たない。つまり、極めて厳しい選抜試験を法科大学院入学に際して要求し、法科大学院入学者を卒業させるかどうかの判定も厳しいものにして、卒業生が司法試験合格者の1.3倍ぐらいになるまで絞り込まねばならない。ところが、法科大学院では未修者は法的素養を問うことなく合格させるという仕組みが採用されている。修了者が目指す司法試験では法的素養が問われることになっているので、司法試験に合格するような人を選抜するための厳しい入学選抜の仕組みがそもそも法科大学院には存在していないことになる。では、卒業させるかどうかで絞ればいいのではないかということになるが、入学させて学費も払わせておきながら卒業はさせないというような学校など、誰も入学しないだろうということになるのは必然なので、卒業させるかどうかで絞ることなど机上の空論ということになってしまい、現に、今の法科大学院では大幅に卒業生を絞るようなことは行われていない。他方で、法科大学院の設置や定員の絞りについては、大学の自治もあるから、国家政策としての絞り込みはそもそも無理がある。できるとしてもせいぜい補助金の制限ということになってしまう。では、問題とされている法科大学院の乱立が問題だったのかということについて考えてみた場合、法科大学院が創設された2004年(平成16年)の前年である2003年(平成15年)の司法試験受験者数は、史上最高の50,166人ということだったし、実際にも定員不足となったような法科大学院が当初から出現したようなことは聞いたこともないから、少なくとも設置を求める程の入学希望者すなわち社会的需要は存在したのであって、法科大学院の絞り込みができる社会状況にあったとは到底言えないように思われる。要するに、法科大学院制度は、最初から「修了者の7~8割が法曹資格を得る」という仕組みでは作られていないのである。日経新聞の論説を書かれた方は、このことを意図的に無視されているのではなかろうか。しかも、現状では、法科大学院の入学希望者そのものが激減しているので、司法試験の合格率は否が応でも高まるような自然の流れとなっていて、意図的に合格率を下げるようなこともする必要すらなくなってしまっているのである。この論説が、今の段階で合格率のことを問題にするのが何を意図しているのかはますますもってよくわからないことになる。

次に、合格率は受験者数と合格者数によって決まるだけのものであるから、合格率が高いということは受験生の数に比して多くの者が合格するということであり、一般的には簡単な試験ということを意味するし、優秀な人材を選択するという機能が乏しいことも意味することになる。となると、論説委員は、司法試験の合格者は特に優秀でなくてもいいと言っているということになってしまうが、そうでないとすれば、法科大学院において厳しい選抜が行われることを期待しての意見ということになる。しかし、前述したように、法科大学院にはそのような選抜機能は期待できないのであるから、結局のところ、現状の受験者数を前提として、さらに合格者を増やして合格率は高めればよいということなのだろうかということになる。ところが、これでは結果的に、司法試験の選抜機能は低下してもよいということ、すなわち、司法試験の合格者は特に優秀でなくてもよいということを意味することになってしまうし、合格者を現状よりも増やせということは、司法修習生の就職難が恒常化している現状の法曹界の労働市場の現状を無視した主張ということにもなる。では、この論説が修習生の就職難などないと言っているかというと、論説の中では、「弁護士になっても就職難に陥るといった事態を招いた」ということが指摘されてもいるから、現状の合格者数よりももっと多く合格させるべきだとも言い切れていないようでもある。いずれにしても、昨今では法科大学院の入学希望者も激減し、司法試験の受験者も史上最低となる程、法曹は不人気な業種に成り下がり、司法試験の合格率は結果としての受験者減によって高くなり、全入に近い状態になることすらあり得る事態となっているということに対して、この論説は何らの提案もしていないように思われる。

もっとも、この論説は、「貧困や介護の現場、虐待・ストーカー被害など、法律の目が届いていない分野はまだある。」とも指摘し、一見すると積極的な提案があるかのようにも思えなくもないが、これらが公的補助なしにビジネスとして成り立つ事業分野なのか、事例としてどれだけの弁護士を必要とする分野なのかなどは全く検討されていないようである。要するに思いつきを述べているだけのことであって、具体的な解決策とはなっていない。論説は続けて「ビジネスの世界でも、知的財産をめぐる紛争やコンプライアンスの徹底など、法律家の活躍が期待される機会は多い。」とも指摘しているが、この分野への弁護士の進出は既にかなり進んでいるにも関わらず、「弁護士になっても就職難に陥るという事態」となっていることはあえて無視されているようでもある。

以上指摘させていただいたとおり、私としては、矛盾ばかりが目立ち、文章の論理構成の検討不足が甚だしい論説であるので、あえてブログで批判させていただいた次第である。

なお、法曹養成をめぐる政策、特に「新司法試験の合格者数3000 人/年,法科大学院修了者の7~8 割の合格」や合格率の問題については、武蔵大学の木下富夫教授の「法曹養成メカニズムの問題点について-経済学的観点から」(日本労働研究雑誌2010年1月号)にて詳しく論じられていて、参考になる。ネットで公開されているから、検索してもらえれば、すぐにたどり着くことができる。木下教授がこの論稿を公開された2010年の時点より、法曹の労働市場はさらに悪化しており、結果的に受験生からも見放され、受験者数は法科大学院だけでなく司法試験ですら大きく減ってきている。法曹養成制度改革はまさに喫緊の課題であり、思いつきを提案してどうにかなる状態ではなくなりつつあるのである。

2016年04月05日

弁護士資格のある人に登録と退会を繰り返している人がかなりいるのかも知れない

4月4日の弁護士人口チェックの確認のため、本日4月5日にもチェックしたところ、またも、大きな弁護士人口の変動が確認された。すなわち、61期は2,051名と前日から比べると10名の減だが、68期は1,533名と22名の増、65期も1,847名と9名の増、63期も1,859名と6名の増となっている。60期と66期もそれぞれ1名の増であった。

登録抹消は手続が簡単なことと比べると新規登録は常議員会での審議など複雑な手続が必要な上に1か月に一度の審査となっていることから、抹消の方が処理が早いということがあろうが、これだけの動きは私の観測史上初めてのことである。

登録と退会を繰り返している人がかなり存在するのではないかとの推測が働くように思う。

ちなみに、大阪の会員数は4月5日現在で4,331名と昨日より2名減で最大値の4,347名からは16名の減、兵庫県は874名とこれまでの最大値である880名から6名の減となっている中、京都は733名と史上最大値を更新した。

2016年04月04日

今年(2016年)も4月に弁護士をやめる人が増加

昨年4月にも4月には弁護士をやめる人が増えているようだということをブログで公表した。ただ、その後は、請求退会者の数は減ってきているような統計的な数字がでてきていたので、弁護士を自主的にやめる人は減ってきているのではないかと思っていた。

ところが、やはり今年も4月になってから弁護士をやめる人は増えてきているようである。すなわち、3月末の弁護士の期別人口と比較すると、4月4日には、61期が2,064名から2,061名に(3名減)、62期が2,053名から2,049名に(4名減)、63期が1,853名から1,851名に(2名減)、64期が1,897名から1,895名に(2名減)、65期が1,842名から1,838名に(4名減)、66期が1,786名から1,782名に(4名減)、67期が1,735名から1,732名に(3名減)、68期が1,512名から1,511名に(1名減)と全体的に大きく会員数が減った。昨年の同時期には64期や66期、67期では少しの増加があったことと比較すると、今年の方が弁護士の減員が全般的な傾向となったような印象を受ける。61期から68期までの弁護士には、高齢者が少ないため、死亡ではなく請求退会による退会者が増えたことが強く推定される。68期という最新の期でも4月段階で一時的かも知れないが減員となったことは、これまでの私の観測ではなかったことのように思う。

私が注目している近弁連管内の弁護士人口の動向でも、大阪弁護士会の会員は3月末には4,340名だったものが、4月4日時点で4,333名と7名もの減少となった。大阪弁護士会の会員数は、昨年も同様に、3月末から4月初頭にかけて4,237名が4,226名と11名減っていることからすると、大阪では4月になって弁護士をやめる人が沢山でてくるというのが、通例になりつつあるのかも知れない。

弁護士が活躍できる分野を増やすと言っても、一朝一夕にはできないことだから、転職をするのであればできるだけ早期に決断するというのは賢明な選択だろう。しかし、志を抱いて弁護士になった人が、弁護士をやめるという選択を強いられる事態が生じていることは、急増時代前に弁護士になった我々としても厳しく受け止める必要があるように思う。ただ、私1人が何を言ったとしても事態が大きく変わることはないので、法曹養成制度の再構築に弁護士会を挙げて取り組んで、制度変更の実現につながるよう、個人的な努力を続けてゆこうと考えている。

2016年04月04日

会長を終えてからのお仕事

会長などの役職が終わると、もうあまり弁護士会の仕事はしなくてすむのだろうと思われるかも知れないが、会長やったのだからこれもやってくれということになるのが、弁護士会のおかしなところである。ただ、やるべしとなっている慣行に従わないわけにもいかないので、今年も、いくつかの委員長や本部長代行を引き受けることになった。協同組合や弁護士政治連盟などのお仕事もある。「後三年の役(ごさんねんのえき)」などとも言われているが、このように退任後のあて職があるのは、弁護士会としての姿勢が1年で大きく変わるようなことにならないようにするがための仕組みということもいえるのかも知れない。会員の皆様の支えがあったからこそ会務が全うできたわけなので、今後も、でしゃばりにならない程度で、できる限りのお仕事はさせていただこうと考えている。

2016年04月01日

会長退任のご挨拶

この度、京都弁護士会会長の職を3月末で任期満了にて退任致しました。

憲法問題が吹き荒れる中の会長職就任ということで、色々なところで慣れない演説や講演をするなど、これまでやったことのない経験をさせていただきました。

会長として、京都府下全域の自治体を回ったり、国会議員の先生方ともお話する機会も与えていただく中で、弁護士というものを社会に理解していただくことにも努力致しました。日常的な業務に追われながらも、弁護士法に基づく照会の審査室の設置や弁護士の不祥事対策など、弁護士会内部の改革も大きく前進させることができました。会長としてやれるだけのことはやりきったと自負しております。

これも皆様のご支援ご鞭撻のおかげと感謝しております。

在任中は、事務所を留守にすることが多くご迷惑をおかけしましたが、今後は、会長として培った経験を活かして、弁護士業務に精励する所存ですので、今後とも皆様にはご指導ご鞭撻をいただきますようお願い申し上げます。

2016年01月13日

68期の就職状況に現れた特徴と最近の大阪弁護士会の会員数の変動傾向

 68期の就職状況の第一の特徴は、司法試験合格者数が約200人ほど減少したことに伴って、二回試験合格者数も同様に減少したことで、弁護士の一斉登録の時点で一斉登録した弁護士数も減少したことがあげられる。しかしながら、これだけの減少があったにも関わらず、二回試験合格者から裁判官や検察官になった人を控除した数に占める一斉登録者の比率は、あまり改善されておらず、65期の頃よりは若干悪い数字に留まっているようである。200名程度の司法試験合格者削減では、就職状況の大幅な改善にはならないということだけは言えそうである。

     二回試験  裁判官 検察官  両者を控  一括登録   比 率
     合格者   任官者 任官者  除した数  弁護士数
65期  2080    92    72    1916    1370   71.5%
66期  2034    96    82    1856    1286   69.3%
67期  1973   101    74    1798    1248   69.4%
68期  1766    91    76    1599    1131   70.7%


 ところで、12月に登録するとしても20日頃になるということで、12月はほとんど1週間程度しか働けないので、1月に登録する人が増えているということがよく言われる。そこで、大阪弁護士会を分析してみたが、大阪弁護士会で1月に登録した弁護士は、1月13日現在で未だに10名のようである。すなわち、大阪弁護士会の68期の弁護士の登録番号は53170番から53430番まで断続的に連続した番号の人がいて、この53430番より大きな登録番号の会員は100番以上離れて53558番から53562番までの5人と53569番から53573番までの5人ということになっているので、1月13日時点では1月登録が10名に留まっているということがわかる。ちなみに、大阪弁護士会の会員総数は、昨年末で4335名だったが、1月13日現在では4341名と6名増加に留まっているので、1月に新規登録した人が10名だとすると、何名かは他に登録換えをしたか、退会していることになる。昨年は正確な分析をしていないので、昨年と比べて今年の1月登録の数が少ないのかどうかは正確にはわからないが、昨年末の大阪弁護士会の会員総数は4231名だったものが昨年1月6日の時点では4240名と9名増となっていたので、昨年と比較して今年の1月登録が増えているとはいえないということは確実なようである。ちなみに、昨年1月14日の大阪弁護士会の会員総数は4229名と1月6日と比較すると11名も減少するという不可解な現象が生じていた。大阪から登録換えしたり、退会する人が増えているのではないかということを推測させる数字のように思われる。

 ちなみに、大阪弁護士会の昨年2015年の会員総数は、3月の初旬頃に一つのピークを迎え、4240名ほどになり、その後は、次第に漸減し、12月15日には、4197名と4200名を割り込んでいた。おそらくは他の弁護士会に登録換えしている会員が多いのではないかと推定される。一斉登録を迎えて昨年末は4335名にまで増えているが、前述したようにかなりの登録換えが1月時点でもありそうなので、今年も同様な漸減傾向が生じるのではなかろうか。

2016年01月01日

新春のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。旧年中は、沢山の方々に色々お世話になりました。この場にてお礼申し上げます。

さて、昨年は、京都弁護士会の会長として全力を挙げて沢山の改革に取り組みました。今年も残す任期の3か月精一杯がんばりますので、よろしくお願い申し上げます。

今年は、申年ということで、猿にご縁のある新日吉(いまひえ)神宮にお参りしてきました。京都に住んでいると、十二支に何らかのご縁のある寺社仏閣を選んでお参りできるのはありがたいことだと思います。

本宮の両脇には狛犬ならぬ狛猿が鎮座しています。勝るとか、魔が去るということで、縁起が良いとされているようです。金網に入れられていますが、夜な夜な動き出すのを防ぐためなのだとか。

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大晦日は雨が降っていましたが、元旦は天気もよく、初日の出もみることができました。京都に長年住んでいますが、初日の出をみるのは初めてのことでした。下記は、丸太町橋から撮影した鴨川越しに東山から登る初日の出です。

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ちなみに、年末には地元の御池中学校の脇で、御池桜がもう咲いていました。これは寒桜で、例年お正月には咲いています。

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2015年12月31日

法科大学院と司法試験の合格率などについて整理してみた


1.はじめに

 法科大学院という制度と司法試験の合格率について最近考えていることがあるので、ブログで述べておくこととする。なお、以下は、法科大学院という制度が存続していることを前提として考えたことを述べるものである。そもそもこれだけ失敗が明らかになってしまった制度を維持するのかどうかということがそもそも問題とされるべき時期に来ていると言ってもおかしくない状況にあるとも思うが、これまでの議論に混乱があると思われるので、問題点の整理をした方が、廃止論を言われる方にとっても問題がわかりやすくなるのではないかと考えて、あえてブログで発表する次第である。


2.司法試験は職業選択のための資格試験であることを忘れてはならない

 まず、そもそも司法試験が資格試験である以上、その資格を利用した職業の安定性が最も重要なものとなるのであって、合格しても安定した仕事ができるかどうかがわからないということでは、その魅力は大きく減退することになる。この当たり前のことはなぜか軽視されているように思える。法科大学院の受験生が減少しているのは、資格試験としての魅力の減退の反映であって、司法試験の合格率が低いことが原因ではない。法科大学院制度が導入される前の司法試験の合格率が極めて低いものであったにも関わらず、数多くの受験生があったということに目をつむることは許されない。大学医学部の偏差値の高さ、つまり、受験競争の厳しさは、単に医師が聖職であるということだけではなく、大学卒業が資格取得に密接に関連しており、医師に職業的安定があるということは否定できないはずである。


3.資格を要する職業選択にあたって、必要とされる費用や時間は重要な要素である

 また、資格試験は、その資格取得までに要する費用や時間も、その取得動機に大きく影響を与えるところ、法科大学院制度の導入は、この費用や時間を大きく増大させることとなり、志望者を減らす方向に作用する結果を招いた。逆に言えば、その費用や時間を減らすことのできる予備試験に受験生が流れることは、当然の結果である。予備試験の受験生を非難することは、本末転倒の議論であって、制度に欠陥があることを反省し、その是正を真摯に検討することこそが行われるべきなのである。なお、刑事司法という国家権力の行使に関わる以上、研修は不可避であるから、司法修習は司法権にとって必要不可欠な制度である。また、法の公平な運営という観点や現実的な収容能力からしても、司法修習生の全国的な配置も不可避であるから、従来は、給費制によって司法修習生の負担軽減が図られていたものが、国家的に義務づけた研修に経済的支援をしないという憲法違反の疑いのある貸与制に移行したことによって、資格取得に要する費用の著しい増加をもたらした。このことも法曹志願者の激減につながっているわけであるから、法曹志願者の急減への是正対策としても、司法修習への経済的支援の見直しが急務となっている。


4.合格率が高ければ、選抜能力が低くなるということが忘れられてはいないか

 ところで、合格率が高いということは、受験生の数に比して多くの者が合格するということであり、一般的には簡単な試験ということを意味するし、優秀な人材を選択するという機能が乏しいことも意味することになる。法科大学院制度の導入の際には、合格率が高くなるというキャッチフレーズがよく使用されたが、これは、法科大学院で厳しい選抜が行われた上で、その選抜をくぐり抜けた受験生が司法試験を受験するという前提があったはずである。しかし、実際には、沢山の法科大学院が設立されて、多くの学生、すなわち将来の司法試験受験生が生み出されたわけで、司法試験の合格率は必然的に低くなった。法科大学院の卒業生の司法試験合格率を高めるということを一種の制度目標と考えていたとするのであれば、法科大学院の濫立と学生数の増大は制度上の設計ミスと言えよう。ただ、法科大学院の濫立と学生数の増大は、その時点でまだ受験生の側に司法試験を受験したいという希望者が多くあったということに大学側が応えようとしたということでもある。合格率を高めるというキャッチフレーズは、法科大学院に学生を集めようとするために作られたものであるに過ぎず、優秀な人材の確保という試験として当然の機能を確保するためには、司法試験の合格率は低く抑え続けるべきであって、合格率を人為的に高める操作、すなわち合格者数を増加させるような操作をする必要はなかったはずである。むしろ、弁護士の就職難が顕在化した時点では、需給予測を誤ったものとして、司法試験の合格者数を削減して、さらに合格率を下げて資格試験としての価値を維持することが臨機応変に行われるべきだったのである。


5.司法試験の合格率の低さを問題とするのは、法科大学院の責任転嫁である

 しかるに、志望者の激減の理由として法科大学院関係者からは司法試験の合格率を問題とすることがあったように思われる。しかし、この言い分は、個々の法科大学院が自らの努力で他よりもよい成績を獲得するよう努力すべきだったものを、法科大学院全般につき合格率を上げるということによって試験そのものを易しくしてしまう、つまり、その合格の価値を下げてしまうことを求めるという自己矛盾を内包するものであった。しかも、法科大学院の卒業生が輩出される頃には、司法試験合格者の就職難が厳しいものとなり、資格としての魅力が大きく減退することとなって、法科大学院の受験生そのものが大きく減少することとなった。その結果、法科大学院の受験倍率は大きく低下することとなり、法科大学院の入学時点における選抜機能はさらに減退してしまうこととなった。


6.予備試験の受験者の増加は、法科大学院の選抜機能低下が影響しているところもある

 法科大学院の選抜機能が低下したことは、予備試験というバイパスを通過した者との競争力の低下につながり、予備試験の合格者の方が司法試験の合格率が高いという現象となって現れたことで、受験生が予備試験に流れるという傾向に拍車をかけて、予備試験受験生は一時期増加することにつながった。しかし、これは一時的な現象に過ぎず、総体としての司法試験が資格試験としての魅力を失わせるにつれて、予備試験の受験者数も減少に転じているというのが、現状である。


7.司法試験の資格試験としての魅力の回復のためには合格者を減少させるべきである

 よって、緊急に行うべきことは、司法試験の資格試験としての魅力の回復であり、そのためには、短期的な対処として、司法試験合格者数を減少させ、資格取得後には就職問題はないということを示すことがまず第一に行われるべきである。受験生、すなわち法曹志願者は、資格としての魅力があれば、受験を考えるが、そもそも資格としての魅力がなければ受験そのものを選択肢からは外してしまう。まずは、魅力を回復して、選択肢の一つとして考えてもらうようにすることが優先されるべきである。


8.法曹の仕事の拡大は長期的な目標として掲げるべきもので、特効薬ではない

法曹志願者の減少を食い止めるための長期的な対策としては、法曹の仕事の拡大も目指さねばならないことではあるが、裁判官や検察官の仕事の拡大は、必然的に法律改正や国家予算の獲得を要することから急激な増大の目処は全くないし、弁護士の仕事領域の拡大は、これまで再三にわたってスローガンとして叫ばれたものの、訴訟件数の減少に端的にみられるように、その拡大は遅々として進んでいないし、法律改正などがなければ実効性を伴わないものが多いため、まだまだ時間を要することは明らかである。従って、仕事領域の拡大をスローガンとして叫んだところで、実際に就職問題が残存する限り、司法試験受験生の回復にはつながらない。
 この問題解決は、急を要することであって、資格として魅力のないものであるということが社会的に定着してしまえば、その評価の回復は容易なことではない。司法界が人材確保に失敗することになって不祥事が生じるようなことになれば、さらに職業としての魅力が失われるというスパイラル現象が生じるであろう。そのようなことになる前に、早急な対策が必要なのであって、長期的な対策を検討している余地は残されていない。


9.合格率が低い法科大学院に退場を促しても、法曹志願者の減少は止められない

 なお、最近文科省が厳しく行っている合格率が低い法科大学院への援助の削減は、制度上の問題の改善にはならない。目指す試験の合格率が低い学校は、受験生の支持を得られないので自然に淘汰されるものである。合格率が低い法科大学院に撤退を促すことは、一部の法科大学院による学生の寡占化を招きかねないが、その結果として、法科大学院に入学する時点では成績があまりよくなかった学生が法科大学院で成績を伸ばして最終合格に至る道を大きく制限することになり、多様な人材が司法を目指しにくくなり、かえって有害である。また、人口過疎地に法科大学院を設置したとしても、人口過疎地に弁護士を誘導する効果はほとんどないということではあるが、関東や関西だけにしか法科大学院がないという事態は、地方から法曹界を目指す学生の獲得にとってあまり好ましいことではないところ、上記のような厳しい指導が続く限り、関東や関西だけにしか法科大学院がないという事態も招来しかねない。よって、現在のような過度な撤退指導は直ちに中止されるべきものと考える。このような誘導がなくても、現状の志願者減が続く限り、撤退校は増えるばかりということになるのであって、多様な法科大学院が維持されるためにはむしろその支援を厚くすることが求められていると言っても過言ではないように思われる。ただ、その政策転換のためには、司法試験の合格者は直ちに減らして、志願者減に歯止めをかけることが前提となる。そのような前提なしの支援は国家予算の無駄遣いと非難を受けることになろう。
 法科大学院への指導は、受験生が多かった時代にこそ行われるべきであったが、それは、合格率を物差しとするものであってはならなかったはずである。合格率が低い法科大学院は受験生が集まらないから自然淘汰されたはずだからである。教育の充実度、特に、法律系の基礎を教えるような科目で趣味的な教育が行われていないかとか、実務教育がどれだけ充実できているかというようなことが重視されるべきであった。この視点は、受験生が激減している中でも重視されるべきであって、合格率至上主義は国による強制退場ということになってしまっている点で、大学の自治への過剰干渉と非難されても仕方がないように思う。日弁連がこれに加担するようなことがないことを願うものである。

2015年12月20日

2015年の弁護士一斉登録のデータからわかってきたこと

毎年12月中旬は、司法修習生の最終試験である二回試験の発表があり、この二回試験の合格発表と同時に、弁護士の一斉登録が行われます。

昔は、ほとんどの司法修習生が二回試験に合格していたということもあって、日弁連では、合格発表前に入会の申込を受けつけて、合格発表と同時に入会を認めて弁護士として登録するという処理が行われてきました。法科大学院制度が採用された時期に大量の不合格者が生じたときでも、この流れは基本的に維持されてきましたし、今後も、この処理が変更されることはなさそうですから、二回試験の合格発表が年末に行われる限り、弁護士の一斉登録も年末となるということが続くことになります。

今年は、京都弁護士会では21名が一斉登録となり、弁護士人口は724名となりました。昨年は一斉登録が16名でしたから、少し多くなりましたが、昨年度は1月登録が多かったのが、今年は少し少ないようですから、68期の入会者は昨年度とほぼ変わらない数となりそうです。

大きな変化が生じたのは滋賀で、今年の一斉登録者はなかったようです。また、奈良は1名だけです。和歌山が5名の一斉登録があったことからすると、滋賀と奈良での弁護士の新規入会がほぼなくなったということが、関西地域の弁護士人口の増加傾向の一つの特徴的出来事となったように思います。昨年の滋賀では、一斉登録時期でも、会員数に大きな差が生じませんでしたが、それは新入会員はいたけれども退会者もいたので、前後で人数が変わらなかったということのようですから、滋賀で一斉登録者がいなかったとのは、司法試験の合格者が700名ほどになってからは初めてのことではないかと推察しています。

少し気になったので、滋賀と同様にこの10年ほどで弁護士が急増した地域である佐賀がどうなったかと思って検索してみたところ、68期の弁護士はいないということになっていました。つまり、一斉登録した弁護士は佐賀でもいないということがわかりました。ひょっとして、人口過疎地を抱える弁護士会では弁護士が増えなくなってきているのかと思って、手当たり次第に検索してみたら、秋田と、高知、鳥取、島根も68期の弁護士はいないということがわかりました。他の人口過疎地を抱える単位会でも、一斉登録は1名だけというところもいくつかあるようです。つまり、人口過疎地域を抱えるところでは、弁護士人口の急増はほぼ停止したと言ってもよいことになったようです。

このような現象がなぜ生じるようになったのか、早急に各弁護士会で調査する必要があるように思います。

PS:弁護士過疎という言葉をまだみかけることがありますが、地方裁判所や家庭裁判所があるところで弁護士が身近にいない地域はなくなっていますから、国民に誤解を与える用語であると私は考えています。京都弁護士会では、弁護士偏在委員会というものはありますが、弁護士過疎対策委員会などという委員会は存在しません。このため、私は、人口過疎地を抱える地域という言葉を使っています。

2015年12月16日

弁護士の廃業の増加に歯止めがかかりつつある?

自由と正義の2015年の1月から12月号に掲載された請求退会者の数は合計で358名に留まりました。昨年の合計が374名でしたから、弁護士の自主的廃業の増加が減少に転じる傾向が生じたことになります。

さらに、具体的な特徴を検討するに、6月号までの合計は、2015年が197名だったのに対して、2014年は182名ということでした。つまり、6月号までは廃業者の増加の傾向は留まる気配はなかったということになります。2015年の6月以降に、自主的廃業の増加傾向に歯止めがかかったということになるようです。

また、弁護士登録番号の1万から3万未満の方の退会者数は、2014年の合計が127名であったのに対して、2015年は86名ということでした。他方、登録番号が3万以上の方は、2014年が230名だったものが、2015年には260名となっています。要するに、中堅の方々の中で、自主的に廃業する方が増えていたものが、多少減少する傾向が生じたことで、全体としての廃業者の増加傾向に歯止めがかかったということになるようです。

これらの結果がなぜ生じているのかは、私にはよくわかりません。

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